クルマとオペラはよく似ている。TVRタスカンは、まるで「ばらの騎士」だ!

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先日二期会の65周年記念公演「ばらの騎士」のGPを観てきました。GPはグランプリじゃありませんよ。ゲーペーであります。ゲネラル・プローベ模擬本番の通し稽古ですね。予行演習と言えばわかりやすいでしょうか。本公演の直前に本番さながらに衣装を着けて、照明を当て、舞台装置を動かし、通しで行うけいこの最終段階。本公演じゃないんでしょ?と思われるかもしれませんが、実は本番さながらに演奏され、吸音分子である観客が少ないこと、また、ストレスや緊張ない演奏ができるという意味で、案外いい演奏に出会えたりするのもGPの魅力だったりするのです。

あくまでも稽古ですので、通常一般には公開しませんから、こういうことを申し上げても、観覧できるとは限りません。それでも最近では、抽選で見学者を募集している公演もあるので、もし機会があればぜひご覧になっていただきたいものです。

この夏は例年より「ばらの騎士」づいています。昨シーズンのメトロポリタンいオペラの最終演目もばらの騎士で、そのライブビューイングを観ました。あれはもしかすると今世紀を代表する公演だったのではないか、そんな気さえする素晴らしい舞台だったと思います。あれと同じ指揮者で、この夏、65周年を迎えた二期会のオペラで「ばらの騎士が上演」されました。感想はオペラエクスプレスに寄稿しましたので、よろしければご覧ください。

終焉の美学に酔いしれて(二期会「ばらの騎士」GPを観て)

さてここで申し上げたいのが、オペラとクルマ。筆者はどちらも好きなわけですが、この二点にはいろいろと共通点があると思います。そんな話をしたいと思います。

オペラはOperation「手術」などと同じ語源だ、などという説明をよく見ます。しかしながら、個人的にはどうも歯切れが悪いと感じずにはいられないのです。この辺りまでは大掛かりで、複雑に入り組んだ総合芸術をひも解こうという意欲の表れを感じることができますが、明らかにひも解こうとしているかと言えば、そんなまじめさは感じられない。それがオペラに対する個人的な印象であります。妙に大掛かりなものがそのままのんべんだらりんとした存在、という方が簡単に腑に落ちはしないでしょうか。

ただし、それ以上にすっきりと収まりがいい感覚が「クルマとオペラはよく似ている」というものです。そもそも自動車はとても音楽的な存在ではないでしょうか。もっと言えば音楽をカーライフとすれば、クルマは音符のような存在だともなぞらえることができるかもしれません。規模感が音楽なのか、音符なのか。ごちゃごちゃになりますから、ここでは一旦オペラのどんなところがクルマと似ていると思うのか、少し書いていきたいと思います。

まず、非常に複雑に多くの部品点数で構成されている点です。オペラにかかわると思うのが、あの舞台裏、公演本番の日のそこは、もはや祝祭のよう、お祭りです。少し楽しく表現し過ぎましたが、非日常の慌ただしさなのです、多少の悪意をもって書けば、戦争だということもできるかもしれません。そんな極めて多くの人が、多くの役割を果たしている。ネジ一本たりとも欠品の許されないクルマと同じですね。

これはオペラというか音楽的だと言える点かもしれませんが、演奏者がいても聴衆がいなくては音楽として成立しないという点です。情熱で演奏したものを聴いた人が、感動し、共感し、涙するのが音楽ではないでしょうか。作る人、売る人がいて、ハンドルを握る人がクルマに助けられ、楽しいと感じ、癒すのがクルマではないでしょうか。音楽が音ではなく音楽であるということと、クルマが単なる工業製品ではなく、とてもエモーショナルで時にロマンチックな存在になること。これは実によく似ている、そうなふうに感じるのです。

そしてこれは好き好きの問題かもしれませんが、クルマの良し悪しを決めるのが、格調高さ。というところもオペラとクルマの評価を分ける点。こんなところクルマとオペラのよく似たところだなあと思うところです。よくオペラが好きだというと「良い趣味ですね」と言われます。格調高さの話をしているところで恐縮ですが、その実、オペラほど下衆いものもそうそうないと思うのです。実は下世話。それがオペラなわけです。

しかし、どんなに下衆でくだらない話であっても、その時代を代表する作曲家が、最高の音楽を充てていることで、格調が保たれているケースは少なくありません。例えば、今回冒頭で紹介した「ばらの騎士」などもその好例です。不倫の話です。しかも何かを犠牲にして、どうにか一生懸命生きる、といった「定め感」は皆無。何不自由ない貴族の人の「嗜みのような不倫の話」にモダンで、独特の華やかさのある旋律とハーモニーの音楽をリヒャルトシュトラウスが付けました。それで、大人の恋の話、みたいな洒落ていて、それらしい格調高さ、単なる下世話に終わらせない存在に仕上がっているのです。これはクルマはみんなこういう面を持っているということではなくて、評価の部分でこうした格調高さ、志を感じさせるクルマは、そこはかとなく心惹かれるというような要素ないでしょうか。

最近乗ったクルマでは、TVRタスカン、あれなど、まるで「ばらの騎士」のようなクルマだった、と言ってもいいかもしれません。とても奇抜、派手と下品の境目でギリギリアウトなのではないかと思うようないで立ちですが、そんないで立ちを大人の洒落に昇華させているギミックとメカニズムは、クルマ好きなら心奪われることでしょう。猛々しいエンジンながら、クラッチをつないで涼しい顔で流すと、そこには英国製スポーツカーが古来持っていた、オーセンティックな流儀のようなものを感じます。乗りこなすものを選ぶような、どこか尊大な振る舞いも感じないではありません。まさにオペラのようなクルマ。その典型なのかもしれません。何にも似ていない強烈に惹きつけるクルマでした。

自動車をチェックシートのようなもので評価していませんか、これはついてる、これはついてない。ここが足りない、今どきこんなこともできない。言い換えればないものねだりのような評価は、参考にはなっても、あなたにふさわしいクルマ選びと言えるでしょうか。客観的な評価は果たして必要なのでしょうか?自動車の評価はもっと個人的なものでいいのではないか。個人的にはそんな風に思っています。それはまさに、音楽を聴いたときの感動に他ならないと思うのです。

あらゆる天気で、いろんな用途で、いろんな目的地を目指すクルマ。燃費はいいか、力はあるか、広いか、荷物は使えるか?評価軸も極めて多種多様で、決して単純ならざるクルマの評価は、中でも歌曲や、弦楽アンサンブルのような明確で限られた点の評価のようなものと並べるわけにはいかないでしょう。(それらは評価軸が絞られるからこそ、観点がクリアで、厳密で、深いところが面白いのだと思うのですが)

クルマに乗るということ。それは、人生のある期間、自分の人生という名のオペラの中でのアリアを歌うようなことなのではないか?と思うことがあります。ある意味独善的で孤高。でも何にも制限されることのない行為であるべきではないでしょうか。それはどんなに環境コンシャスになろうとも、低コスト化されたクルマであっても変わることはないことだと思います。音楽を聴くように、クルマを評価してみませんか。誰が何と言おうとも。そんな絶対に譲らないポイントで共感できたなら、そんなに素敵なことはないでしょう。

蛇足ですが、クルマ離れも叫ばれていますが、クラシック離れ、オペラ離れも割と由々しき事態のようですよ。奇遇にも抱える問題点まで似通っているとなれば、むしろこれ以外の評価軸はないのではないか。そんな風にさえ思えてきますね。

[ライター・画像/中込健太郎]

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中込 健太郎

大手自動車買取販売会社で、クルマの売買業務を経て、本社マーケティングチームに異動。WEB広告を担当し、その後大型展示場のオープン準備から、展示在庫の目視選定業務に従事した。そのころ企業Facebookページでの在庫車に関する紹介や、クルマで出かける旅行コンテンツなどを担当。その後フリーランスライターとして活動現在に至る。クルマの売り買いの経験から、ドライブを通じてクルマの魅力楽しさを紹介することをライフワークとしている。車選び.com ,NAVI CARS他で執筆中。「クラシックカー美女」テキスト担当●温泉ソムリエ●一級小型船舶操縦免許

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