ポルシェに憧れたのではなく914に憧れてました!ポルシェ914初号機のオタク回顧録

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ども!カレントライフのファンの皆様こんにちは!ライター山本です。私は20歳の頃から輸入車に乗っていました。当時は、「外車」と言えば、アメ車、ドイツ車などが中心で、それでも外車乗りは「金持ち」、「変わり者」、「成功者」なんてイメージが勝手に先行していました。そんな中でも私、山本は、人と違う路線のクルマを探し乗り続けてまいりました。ここではその「迷車」「珍車」をエピソード交えて紹介させて頂きます。

ポルシェに憧れたのではなく914に憧れてました!

前回、私のオタク回顧録は「オペルマンタA」でしたが、今回も私にとっては思い出の一台、「ポルシェ914 2.0」になります。この車の購入により、私の変態人生が始まるのです。それでは、人生で2台乗っている「914」の「初号機」のお話を。

23歳の私は、友人の喫茶店でいつものように友人達と輸入車中古雑誌を見ていると、目に止まったクルマが一台、それが今は無き市川の某輸入車店の広告に載っていた1975年型の「ポルシェ914 2.0」でした。黒のボディを見た瞬間、「欲しい」と衝動に駆られていました。そして、本を見ながらその場で公衆電話からクルマ屋さんに電話、その日の夕方に見に行く事になりました。店に着くとそこにあったクルマは怪しい(笑)クルマばかり、「トライアンフ・スピットファイヤー」「ローバー3500」「サーブ90」「ポルシェ924」「ルノー5」「アウトビアンキA112」「シトロエン・パラス」「X1-9」等。

そしてお目当ての「ポルシェ914」が三台も!当時で、たしかプライスが「170万」。しかし、心はもう購入に傾いていました。実は、そこには大きな理由があったのです。その、1カ月前に結婚を考えていた彼女に振られていたのです(笑)それも、二股をかけられていました。正直多少ヤケになっていたのかも知れません。当然、結婚資金はたんまり貯めていたので、翌日にキャッシュで購入してしましいました。まさに「暴走モード!」これが、「914」との出会いでありスタートでした。

ミッドシップ&空冷の醍醐味をポルシェ914で知りました!

「ポルシェ914」が納車されてしばらくは、平和な日々を送りました。しかし、ある日事件が起きました。駐車場が自宅から離れていた為、その日は自宅前に路駐していました。次の日、朝に仕事に出かけようとエンジンを掛け、アイドリングして出発するとしばらくしてリアから「ゴツ!」と言う異音が。「おかしいな?」と思いスピードを落としクルマを停めようとした時です。いきなり左のリアが下がり、「ガガガ」と音がしたと思ったら見たことあるものが私のクルマを抜かして行きました。

「なんだ?」と思って目を凝らすと・・・・私のタイヤが、私のクルマを抜いていったのでした(笑)そしてタイヤはガードレールにぶつかり止まりましたが、車を降りてみるとビックリ!?なんと、ホイールのボルトが三本抜かれていたのです。ですから、一本で支えて走ってしまった訳です。その一本が折れてタイヤが走って行ってしまったのです。リアの車軸の部分が削れてしまい、タイヤを回収しても装着する事が出来ず結局レッカーを呼んで修理工場に・・・・。3か月の重傷となりしばらくの間、1977年型の「アウディ80」の代車で暮らす事になりました。

内装『ポルシェ』・エンジン『VW』・ボディ『カルマンギア』 正に三位一体の名車がポルシェ914!

なんとか廃車のピンチを乗り切り、クルマも絶好調になりトラブルと言ってもワイパーが走っていた時に飛んで行ったぐらいで幸せな日々を送っていたのですが、別れは突然やってきました。私が、靭帯を痛めてしまい入院する事になってしまいました。それは、「ポルシェ914」にとってかなり運転が負担となることに。何故ならば「914」は、クラッチ等が床から出ているキノコ型なのです。ですから足に力を入れないと運転が出来なかったので、リハビリ期間やその後の事を考えて泣く泣く手放すことになったのです。クルマは、買ったクルマ屋さんで委託販売をお願することになりました。友人とクルマを預けにいき、最後に記念撮影をしてお別れとなってしまいました。

あれ?前回に比べて意外とあっさりしたエピソードなのでは?と思う方も多いと思いますが、実はこの後に私がマニアックなクルマにはまっていく出来事が起きたのです。クルマを委託してから数日で、私の「ポルシェ914」はあっさりと売れてしまい、そのお金をお見舞いついでに社長が持ってきてくれることに。夕方になって社長が来てくれてお金を頂くと「ちょっと外へ出れる?」と言われました。駐車場に行くとそこには代車でお借りした「アウディ80」が。すると社長が「これ、お見舞い。使って!」と。「え?」と驚いていると「足ないんでしょ?車検あと1年あるから、名変は元気になったら店に来てくださいね」と言って奥様と一緒に帰っていかれました。

私は涙が出るほど嬉しくて、その後もこのクルマ屋さんと長いお付き合いになるのです。それが、オタクな車種を乗り続けるきっかけだったのです。私がけがをしなかったら「914」を手放すこともなく現在でも乗っていたかも知れません。でも、怪我をして売ってしまった為、より「ポルシェ914」が好きになってしまいその後「2号機」を手に入れる事に・・・・。その「2号機」の話は、また機会があるときにお話ししましょう!

今回の「輸入車オタク回顧録」は、私の原点でもある「ポルシェ914」でした。このクルマ、そしてこのショップと出会わなかったら、今の私はないと思います。皆様もきっと人生の「岐路」的なクルマってあると思いますが、そこのバックボーンにはクルマだけではなく「人生の岐路」が重なっていたりするのではないでしょうか?又、機会がありましたら、私の面白おかしく壮絶な体験談をご紹介できたらと思っております。

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山本 圭亮

千葉県出身。元ソフトテニスのセミプロとして日本リーグでプレーしていたスポーツマン。車に対する愛情(旧車)が強く現在まで50台以上の車を購入。日本車を始め、アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、イタリア、ドイツ等の車を所有していた。2013年より車雑誌「ハチマルヒーロー」で「8年0組 洋楽先生!」として洋楽と車の関係を中心にコラムを連載開始。2015年から旧カレントライフにて「週刊中年フライデー」を連載。2016年から「ミドルエッジ」にてライティングを展開。そしてその中に「なかがわひろき」画作「時空探偵マツ・ド・デラックス」の原作を担当する。車、音楽はもちろん昭和のことなら何でもおまかせの広い守備範囲を持ち、コラムは正統派よりトリッキーなコラムが得意である。現在の愛車は「オペルマンタ」と「オペルベクトライルムシャー」。アルミ弁当箱コレクターやプロレス入場曲解説にてトークショーも開催している。又、音楽配信サイト「AWA」にて公式プレイリスターとしても活躍中。

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