K.A.モータースポーツプロジェクト代表/会社員/DJ/ラッパーの相澤康介氏(24歳)は、なぜ本気でレーシングドライバーを目指すのか?

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今回、「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表を務める相澤康介氏(24歳)を取材させていただいた。

会社員でありながら、「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表としてモータースポーツイベントの運営とレースへの参戦を行い、同時にレーシングドライバーを本気で目指す、熱量あふれる若者だ。さらには、音楽も好きでDJとラッパーもやっているという。体がいくつあっても足りないほどの行動力とバイタリティ、モチベーションの源泉とは?そして、彼が目指しているものは何なのか、取材した。

「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表を努める相澤康介

▲相澤康介氏と愛車のマツダ ロードスター(NC型)。相澤氏は、2019年度マツダファン・エンデュランスのクラスチャンピオンマシンでもある

クルマを好きになったのはいつからか?また、それはなぜか?

相澤氏がなぜクルマを好きになったのか?幼少期から好きになっていたので、はっきりとは覚えていないという。相澤氏の親戚曰く、「パパ」「ママ」という言葉を覚えはじめた時点で、すでに自動車メーカーの名前を理解していたそうだ。

さらに、幼稚園の頃からすでにレーサーになりたいと思っていて、小学生のときにはSuperGTを、中学生になるとF1を観ていたのだとか。小林可夢偉が活躍していた頃のことだ。

現在もレーサーを目指している相澤氏だが、子供の頃からレーシングカートで経験を積める環境ではなかったという。

「環境のせいにするのは言い訳でしかないので、まったく気にしていませんけどね」

と爽やかに相澤氏は語る。

「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表を努める相澤康介

▲レースへの想いを熱く語る相澤氏

少年がプロのスポーツ選手に憧れるのはよくあることだが、大人になってもレーサーへの情熱をたぎらせ続ける熱量は半端ではない。

「レーサーには華やかなイメージがあって、憧れていましたね。それをこじらせてしまって今も続いている感じです(笑)」

とのことだ。

相澤氏が「もう2度と戻りたくない」と語る地獄の学生時代

相澤氏は高校受験を経て進学校の特進コースに入学し、高校卒業後は自動車整備士の学校に進学したが、ここで教育熱心な父親との激しい対立があったという。

「父親は私をエリートコースに入れようとしていたんですよね。でも私はクルマがやりたくて」

自動車整備士の学校のモータースポーツ学部に進学し、86/BRZレースにチームのメカニックの一員として参加し、アルバイトで貯めたお金で愛車のマツダ サバンナRX-7(FC3S型)を買い、大好きなクルマやレースに熱中していた。だが、大学への進学を望んでいた父親との衝突は避けられなかった。

そして19歳の冬、相澤氏は家を追い出されてしまう。

「家を追い出された後は、学費・生活費・レース費のすべてをアルバイト3つ掛け持ちして稼いでいました。当時は毎日3時間睡眠。あの頃にはもう2度と戻りたくないですね(笑)」

「どうやったらレーサーになれるか?」を真剣に考えた

「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表を努める相澤康介

▲鍵の多さから、相澤氏の行動量の多さが伺える。折れてしまったFCの鍵も趣深い

それでも相澤氏はレーサーになることを決してあきらめなかったという。

「どんなに生活が苦しくても週に2回はFC(RX-7)で走りに行きました。私は子供の頃からレーシングカートで経験を積んできたわけではないので、プロレーサーに追いつくには必死で走りまくるしかないじゃないですか。昼飯は節約のために100円のカップ麺で済ませていたくらいなので、友だちと遊ぶお金なんてありませんでした。そこまでしてでもレーサーになりたかったですね」

どんな逆境においても、「レーサーになりたい」という並々ならぬ情熱が相澤氏を動かしつづけた。

そして、K.Aモータースポーツプロジェクトの立ち上げ

学校では86/BRZレース用のマシンの2号機を製作することになった。レースマシンの製作を開始した当初、先生は「この車両にはうちの学生をドライバーとして乗せたい」といっていた。レーサーとしてデビューすることを夢見ていた相澤氏にとって千載一遇のチャンス。そこで、車両製作には人一倍熱心に取り組んだ。ところがマシンの完成が近づいたある日、突然「この車両は君たちには乗せられない」という発表があったという。

「このときは本当にショックでした」

と相澤氏は当時を振り返る。

そして「レースをやるには、モータースポーツでイベントをやってお金を作るしかない」というインスピレーションが頭に浮かんだという。

“イベントで成功すれば、いけるんじゃないか”

そう思い立ったらすぐに行動に移してしまうのが相澤氏である。レンタルカート場である「サーキットスタジアム634(埼玉県入間市/現在は閉店)」でイベントを開催したのが、K.A.モータースポーツプロジェクトとしての最初の活動となった。

その後も、1年目はカートイベントとサーキットの走行会イベントを開催し、そこで得たお金でレースをしようと思っていた。結果的にK.Aモータースポーツプロジェクトのイベント運営事業は、今年で4年目を迎えた。

「イベントではお客様に幸せになってもらうことを常に考えています」

イベントを開催したからといってそう簡単に利益が得られるわけではない。カートイベントは黒字でもせいぜい2,3万円くらい。走行会はサーキットの貸し切りの費用が莫大なので、大赤字のリスクが高い。イベント開催をはじめて1年目のときは苦しかったという。

「レストランに行って料理が美味しくなければ、もう2度と行こうとは思わないですよね。それと一緒で、走行会もお客様にどうやったら満足していただけるかを考えました」

相澤氏は参加者全員のパドックを回り、必ず挨拶をするようにしている。相澤氏のことを知っている人と会話を交わすことはもちろん、初参加の人には名刺を配るのが目的だ。その場では自分が話すのはほどほどにして、お客さま気持ちよく話してもらうようにしている。

企画の中身も大切だが、それ以上に「K.A.モータースポーツプロジェクトのイベントだから来る」、「相澤氏主催のイベントだから来る」という形にしていくことが何より重要なのだ。

「お金をいただくということは、お客さまを幸せにしないといけないということです」

そのためにも、イベント運営には心掛けていることがいくつかあるという。

●イベント運営は不安要素なく安全に円滑にすること
●相澤氏のキャラクターを全力で出して「面白い人だな」と思ってもらうこと

とのことだ。

「わざと適当なことを言いまくって、『やばい奴だな(笑)』と思ってもらうようにします(笑)」

事実、DJやラッパーでもある相澤氏はボキャブラリーが豊富なのだ。

K.Aモータースポーツプロジェクトのレース参戦活動は?

K.A.モータースポーツプロジェクトのもうひとつの柱であるレース参戦活動では、ドライバーとメカ、相澤氏を合わせて10人程度のチームで活動している。この活動で収益化はしておらず、チームメンバー同士でお互いのレースをサポートし合う組織としているという。

「お金のない人がレースに出るにはどうしたらいいんだろうって考えたんです。そこで”自分でチームを作ってしまえばいいや”と思ったんですね。ショップからクルマを借りてレースに出ると莫大なお金が必要になってしまう。しかし、K.Aモータースポーツプロジェクトではクルマは自分の持ち込み、サポートはチームメンバーのボランティアでやってもらいます。その代わり、他のメンバーがレースに出るときには手伝いをやってもらいます。しかも、一緒にモータースポーツを頑張る仲間もできますし」

活動を通して「モータースポーツは楽しい」ということを発信していきたいという。

2019年は相澤氏がマツダファン・エンデュランス(通称『マツ耐』)で激戦のロードスタークラスでクラス優勝、パーティーレースではチームのメンバーが5位に入賞した。

当初は真っ白だったマシンにも、スポンサーのステッカーが増えてきたのだ。

「やがてはS耐、そしてSuper GTに出たいですね」と相澤氏は夢を語る。

「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表を努める相澤康介

▲相澤氏の所有するNCロードスター。スポンサーステッカーが多いが、当初は真っ白だった

「モータースポーツのピラミッドの下に、もうひとつピラミッドをつくる」

相澤氏が目指している世界観とは、どのようなものなのだろうか。

K.A.モータースポーツプロジェクトの活動を通して、クルマ好きを増やしたい。そのために、モータースポーツピラミッドの下にさらにもう一つ小さなピラミッドを作りたいという。

いわゆる「モータースポーツピラミッド」とは、トップカテゴリーであるF1を頂点とし、その下にF2、F3と続き、レーシングカートを麓とするピラミッドである。レーシングドライバーを目指す人は、レーシングカートから順に勝ち抜いてステップアップしていくのが業界の慣習である。

「レーシングカートでさえ1年で1000万円掛かるんですよ。これでは、レーサーになりたいと思っても、そもそもヒエラルキーに入り込む余地がない。そこで、K.Aモータースポーツプロジェクトでピラミッドを作ってしまおうと思いつきました」

それは、K.A.モータースポーツプロジェクトでのJAF戦への参戦を頂点とし、その下はマツ耐、さらにその下にはカートイベントやシミュレーターイベントとするピラミッドだ。K.A.モータースポーツプロジェクトのイベントで優勝すればマツ耐に格安で参戦できるチケットが与えられ、上にカテゴリーへステップアップしやすい仕組みになっている。

「敷居を下げるのはお金だと思っています。ローコストな分野でもうひとつ三角形を作れば、有望な人材が参入しやすい。そこで育った人がやがて上のピラミッドへ進んでくれたら本望です」

と相澤氏は語る。

「K.A.モータースポーツプロジェクト」の代表を努める相澤康介

▲もう一つのピラミッド構想について、図を書きながら語ってくれた

2020年は年間5戦のシリーズでカートイベントを企画しているという。チャンピオンになればK.A.モータースポーツプロジェクトでのマツ耐参戦1年間無料チケットが手に入る。腕に覚えがある者は参戦してみてはいかがだろうか。

K.A.モータースポーツプロジェクトの活動を通して感じた「変化」とは?

「個人的な面でいうと、一気に知り合いができました。自分を知ってくれている人が増えました。Twitterでレースに参戦していることをツイートすると『僕も今日でてますよ!話しましょう』ってリプライをいただくんですけど、実は会ったことない人だったりとか(笑) ここ1年で急に増えた感じがしますね」

さらに

「あとは、シミュレーターとカートはわりと興味示してくれる人がいるんだなということが分かりました」

ライブハウスで音楽の仲間に「カートのイベント、主催してよ」といわれることがあるという。クルマに興味がない女の子にシミュレーターをやってみてもらうと、案外楽しんでもらえたりしたこともあったのだとか。

「シミュレーターやカートは競う手段として選んでくれる可能性がありますね。特に男性は競争が好きですし。『手軽さ』があれば皆やってくれるかも、ということに気が付きました」

と相澤氏は語る。

相澤の考える「逆境を乗り越える力」とは?

「個人のブランド力がとても大事だなと思っています。クルマ屋さんはたくさんあって、どの店で買っても同じクルマですよね。しかし『なぜそのお店で買うのか』というと、そのお店のファンだから。『あの人にクルマを探してほしい』『あそこに行けば理想のクルマが見つかる』というキャラクターがないと人は集まってこないと思うんです」

相澤氏は、「この人だから応援したい」と思ってくれる熱量を伝えていくことが大切だと語る。

「熱量があれば、応援してくれる人は絶対応援してくれます。本気でやっていれば、熱は伝わる人には必ず伝わるので、そうしたら応援してくれると思います」

当初は周囲の人もレースには賛成ではなかったが、やがては認めてくれるようになったそうだ。

総括

情熱を原動力にさまざまな逆境を乗り越えてきた相澤氏は、将来は独立し、イベント運営やモータースポーツ活動を本格的に行っていきたいと考えているそうだ。

そして、プロのレーサーになるための努力も継続していく。プロになるための努力の度合いを最大限に高め、寝る間も惜しんで活動している。

レーサー、イベンター、DJ、ラッパー。いくつもの肩書をもつ相澤氏は、すべてを全力で取り組んでいる。2020年はどのような活動をしていくのか、クルマ好きはもちろん、クルマ業界も要注目であることは間違いない。

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[ライター・カメラ/長尾 孟大]

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長尾孟大

都内に住みながら一年間に2万キロ以上を走るクルマ好きの24歳、ドライビングスキルの差が顕著にでるカートにのめり込み昨年からチームを結成し通年の耐久レースにも参加している。クルマにのめり込む中で、若者のクルマ離れに対して強い危機感を持ち、現在は会社の立ち上げを行う傍らで、クルマではなくカーライフの魅力発信をコンセプトに映像作品を発信するCARKICHI(https://www.carkichi.com/)の運営を行っている。

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