初めてドイツを訪れて感じた、クルマ文化と根底にある「2つの価値観の違い」とは?

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初めてドイツを訪れて感じた、クルマ文化と根底にある「2つの価値観の違い」とは?

先日、ドイツに行ってきた。この国は、以前からずっと行きたいと思っていた念願の地でもある。
それはなぜか?

今年、筆者は24歳になった。日本発のクルマ文化を広めていくために”Carkichi(https://www.carkichi.com)”という組織を発足し、活動している。以前より、クルマ大国であるドイツから学ぶべきことが多くあるだろうという思いがあり、実際に行ってみることにした。今回は、筆者が実際にドイツに行って感じた「日本とドイツのクルマ文化の違い」について述べてみたいと思う。

筆者がドイツに行った理由と、ドイツに行って気が付いたことは?

長尾孟大

▲訪問先のひとつ、ニュルブルクリンクで見つけた新型スープラ

ドイツといえば日本と同じ自動車大国であり、トヨタと常に世界シェアの1位、2位を争うフォルクスワーゲンをはじめ、有名な自動車メーカーを多く生み出した国だ。その結果、世界中にドイツの自動車が走っている。ドイツを訪れる前の筆者のイメージは「ドイツ車は頑丈で高級」であり「速度無制限区間で有名なアウトバーン」だった。さらに「ドイツ国内は古いクルマが数多く走っており、大切に使っている」というイメージがあった。今後、この日本においてクルマ文化を広めていくことを考えると、ドイツにおけるクルマの在り方を体感しておくことは、筆者にとっては必然に感じられたのだ。

では、実際にドイツを訪れてみてどうだったか?

それは非常に複雑であり、ひとことで「日本とドイツでここはこのように違います」とはいい切れないほど、根本的な違いがあった。

例えば、新東名のように直線だけだと思っていたアウトバーンは、中央道のようにクネクネしていて、そのうえ街灯がまったくないにも関わらず180km/h以上のスピードで車列が流れていた。そこをポルシェが240km/hオーバーのスピードで横を抜けていったり…。日本ではネオクラシックの領域にあるW124型のメルセデス・ベンツが街中で頻繁に見掛けたりと、細かいことを挙げるとキリがない。まさに、日本のクルマ好きからすればまるで天国とも言えるような環境であった。

と同時に、日本とドイツではあまりにもクルマを取り巻く環境の違いが多く、簡単に比べるべきではないと感じた。この事実を知り、正直最初は落胆した。

地勘のない場所で行きたい場所をすべて詰め込んだ結果、5日間の移動で運転した距離は2000kmを超えた。「ドイツにおけるクルマの在り方を知ったところで、日本でクルマ文化を浸透させるうえで活かせるだろうか…」。有り余る移動時間のなかで、この考えが何度も頭をよぎった。

しかし、ドイツで感じたいろいろな違いを掘り下げていくにつれ、根底にある【2つの価値観の差】が日本とドイツのクルマ文化の相違を生んでいることに気づいた。

【1つめの価値観の差】ドイツ人は、自分で価値を見極める

長尾孟大

▲ドイツでは、新旧問わず様々なバリエーションのクルマが生活用のクルマとして使われていた

まず1つめは、ドイツ人は「何が良くて何が良くないのか?」を自分の目で吟味しようとする考え方を持っていることに気づいた。これが、家や食品、楽器、芸術、そして、クルマというモノにも反映されているようなのだ。この考え方は日本では一般的ではないように感じる。

どちらかというと、日本人は「新しいモノ=良いモノ」といった固定観念が強固に存在しているのではないだろうか?その例として、日本人はフルモデルチェンジ前の型落ちよりも最新のモデルに乗りたがる傾向があるように思う。最新のモデルが発売されるとすぐに乗り換えるという人も珍しくない。実際に型遅れとなったクルマは、中古車市場では新車時の価格よりも極端に低い価格で取引されているケースも多い。さらに。年式の古いクルマが冷遇される税制にも、最新のモノをとにかく推奨する文化が如実に表れている典型といえそうだ。

しかし、ドイツにおいてはそうとは限らないようだ。世間一般の価値や基準よりも、自己の評価を重視しているように感じた。世間で人気があり、高級なモノよりも、「自分が気に入っているかどうか」や「自分が長く愛用しているか」の方が、彼ら(彼女ら)にとっては大切な価値基準のようなのだ。事実、ドイツの街中では、最新のモデルだけではなく、3世代や4世代も前のクルマがあたりまえのように走っていた。さらに、街並みにも古い建物が多く残っており、現地の方の話によると、築100年を超える建物でも、リノベーションして使うことが多いという。

さらに付け加えると、ドイツにおいては、古いものを大切にする人はリスペクトされるのだ。筆者の感じたドイツ人の価値基準は「新しいものは絶対的に良い」といった単純なものではないということだ。「新しいモノはここがいいし、古いモノはここがいい」と細分化したうえで、そのモノの価値を吟味する考え方のようだ。

今回、筆者が「ドイツに行けば何らかの発見があるのではないか?」と思った最大の理由は、「ドイツでは走行距離が50万kmぐらいのクルマがたくさん走ってるよ」と友人から聞いたからだ。日本でそれほどの距離を走行したクルマは、タクシーでさえ見掛ける機会が少ない(※商用車は別として)。それほどの長い距離を走らせるには、相当な愛着が必要である。日本で愛車文化を残すためのヒントがドイツにあるのではないかと思った理由はこれであり、そして、これはドイツ人の価値基準の表れであることが分かった。

さらに、ご存知の方も多いと思うが、ドイツには「Hナンバー制度」という政府公認のクラシックカー認定制度がある。製造後30年以上経過し、さらに条件を満たしたクルマは国の工業遺産とみなされ、「Historisch(歴史的な)」の頭文字である「H」がナンバープレートに付与され、税制面で優遇措置を受けられるのだ。古い工業製品に対するリスペクトが、国家の政策にまで反映されているのである。

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日本人は、他者の評価で価値を決める?

話は横道にそれるが、今回、ドイツに行ってみて気づかされたことがある。それは、日本人はその商品がランキングで何位なのか、いくらで売られていたのか、周囲でどのような人が使っているのかを気にしており、評価基準が他者に依存しているということだ。これはクルマに限ったことではないのだろうか?

そして、この感覚こそが、メーカーがクルマの新しい価値観を創れない原因のひとつなのではないか?と思えてならないのだ。

ライフスタイルやカーライフ、クルマの使い方について、「これが面白いよ!」「これがカッコイイよ!」と訴えかけることができないのだ(…と断定してしまう)。周りの誰かが「カッコイイよ!」といって売れはじめたら真似することはできるが、自分の考えを発信することができない限り、今後クルマがもう一度憧れの対象になることは難しいのではないかと強く感じたのだ。

【2つめの価値観の差】ドイツ人は主体性が強い?

長尾孟大

▲ドイツのガソリンスタンドの風景。ガソリンの種類が非常に多いことに驚く。ドライバー一人ひとりが、自分の考えとこだわりをもってガソリンを選んでいるようだった

閑話休題。ドイツ人は、できごとに対して自分で何とかしようとする性向が強いようだ。と同時に、日本人の他者依存の性質を感じることとなった

これはドイツで様々な人に話しを聞いて非常に驚いたことのひとつであるが、クルマの基本的なメンテナンスは、ほぼオーナー自身が行っているというのだ。オイル交換は女性でも誰でもできる、というほどDIYの文化が浸透しており、どんなに小さなサービスエリアでも、ガソリンスタンドでさえも、エンジンオイルをはじめとしたミッションオイルなどの油脂類が豊富に取り揃えてある。

これは日本人と対照的であると感じた。

日本人はクルマのメンテナンスに限らず、お金を払ってすぐに専門家に任せてしまう傾向が強いように思う。そうすることで安心を買っているのである。また、安心を買うだけではなく、責任の所在を預けることができる。お金を払ってプロに任せた以上、何が起きても「プロの責任」となる。全責任をプロがまっとうするという、「日本独特のプロ意識」ともいえる。

その一方で、ドイツ人はプロに任せても、最後まで主体性を失わない傾向が強いと感じた。これは現地の友人とカーショップに行って気づいたいたことだが、ドイツ人はプロのいうことだからと鵜呑みにすることはない。その人(プロ)のいうことは筋が通っているか?ディーラーの価格が適正か?真偽を自分の目で確かめようとする。これは歴史的背景や大陸文化の現れかもしれないが、一番信用できるのは他人ではなく、自分しかいないという意識が根底にあるのかもしれない。だからこそ、他人に責任を丸投げするのではなく、基本的なことは自分で行う慣習がある。さらに、それだけではなく、基本的なメンテナンスを自分で行うことができる分、ディーラーに任せるリテラシーも備わっているのだ。

[まとめ]日本人とドイツ人の価値観の違い。そして、日本のクルマ文化へフィードバックできることは?

長尾孟大

▲次号で紹介予定のメルセデス・ベンツミュージアムの前での一枚

今回、筆者がドイツに行ってもっとも強く感じたことは、日本人は物事の価値を他者評価に依存しすぎていること。その結果、自己の目で物事の価値を評価するリテラシーが不足しているということである。

今回の旅では、日本とドイツのクルマ文化の違いを発見することができたように思う。その結果、日本のクルマ文化を盛り上げるためのヒントを探ることができた。そして、両国のクルマ文化の差は、国民性の違いによるものが大きいと感じた。クルマ文化を盛り上げるためにいきなり国民性を変えましょうというのは難しいだろう。しかし、逆に捉えれば、世間に広く認知されたものは、素直に受容できるという日本人の懐の深い特性にフィットした、この国特有のクルマ文化の浸透の仕方があるのではないだろうか。

前述でも取り上げたが、日本には受容するという素地はあるが、まだ受容されていないものを、突き上げながら発信していくことが難しい文化なのだ。「出る杭は打たれる」といわれるように、世間にまだ浸透していないもの・誰も知らない異質なものを訴えていくことは非常にストレスフルで、バッシングされやすい。

だからこそ、自動車メーカーの発信力が非常に重要であると筆者は考えている。企業には強力なPR力・影響力があり、世論の風当たりにも耐えうる体力がある。思い切って、世の中に「カッコイイカーライフ」という魅力的なライフスタイルの提案ができれば、それがクルマ文化の継承に繋がるのではないだろうか。

現在、トヨタをはじめ各メーカーともカーライフを楽しむための個性的なクルマを多く生み出し、クルマ文化を継承するための努力をしていると思う。だが、86やスープラの復活では不十分だと考えている。従来のスポーツカーの名前が復活しても、本当の意味で新しい提案・新しいファンの獲得にはつながっていない。本当の意味でクルマの魅力を発信していくためには、従来のファンが喜ぶことだけではなく、クルマそのものの魅力を、今まで知らなかった人に伝えていっていくべきだと思う。

そのためには「クルマ=みんながほしいモノ」というイメージを創ること。そのうえで、いまクルマが好きではない人へのアプローチが重要だと考えている。

このヒントも今回の旅で得ることができた。メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲンといったメーカーがクルマの価値を発信するための独自の施設をもっており、今回はその施設も見学してきた。ここで得られた発見とともに、今後の日本でのクルマ文化発信に関する展望については次号で触れたいと思う。

[ライター・カメラ/長尾 孟大]

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長尾孟大

都内に住みながら一年間に2万キロ以上を走るクルマ好きの24歳、ドライビングスキルの差が顕著にでるカートにのめり込み昨年からチームを結成し通年の耐久レースにも参加している。クルマにのめり込む中で、若者のクルマ離れに対して強い危機感を持ち、現在は会社の立ち上げを行う傍らで、クルマではなくカーライフの魅力発信をコンセプトに映像作品を発信するCARKICHI(https://www.carkichi.com/)の運営を行っている。

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