エンジンはルノー、ターボのチューニングはポルシェ、足回りはロータス?ドイツの路上にてボルボ480ターボと遭遇

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日に日に秋が深まるドイツ。街路樹の多くが落葉樹であるベルリンでは、落ち葉の量がとても多く、道路に停めたクルマの上にもはらはらと降りかかります。落ち葉だらけになったクルマを眺めながら歩いていると、近年あまり見かけないクルマが佇んでいるのを発見しました。雨粒と落ち葉が乗ってはいますが、黒いボディが精悍な印象を与える、低く鋭いシェイプのスポーティなハッチバック。今回ご紹介するのは日本でもかなりの希少車、ボルボ480ターボです。

ボルボのスポーツイメージの担い手、480ターボ

ボルボは古くからのファンにとって、質実剛健な実用車としてのイメージが強いですが、一方でモータースポーツ界でもたびたび好成績を残し、現在では「スポーティなクルマ」としてのブランドイメージを確立しています。レースの活躍において特にクルマ好きの脳裏に焼き付いているのは、欧州ツーリングカー選手権(ETC)にて「Flying Brick(空飛ぶレンガ)」と呼ばれた240ターボが1985年と1986年の2年間にわたりシリーズチャンピオンに輝いたことと、1990年代半ばに英国ツーリングカー選手権(BTCC)において名門トム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)が手がけた850エステートや850サルーンが暴れまわっていたことでしょうか。当時のスクエアな、カクカクしたデザインのボルボが内輪を持ち上げてコーナリングしていく姿に胸を躍らせたのは、きっと筆者だけではないはずです。

ここにご紹介する480ターボは、表立ったレース活動はないものの、ボルボのスポーティなイメージの担い手と言えるモデルです。ボルボとしては初めての前輪駆動車で、エンジンは横置きで搭載されました。エンジンは当時の提携先のルノーのF型直列4気筒OHC1,721ccを採用、インタークーラー付ターボを組み合わせて115ps(日本仕様)を発揮しました。ターボに関連するコンポーネントの設計やチューニングを担当したのは、ターボエンジンについてのノウハウや実績において一日の長があるポルシェでした。

ボルボなのにエンジンはルノー製、ターボのチューニングはポルシェと聞くと、とてもマニア心がくすぐられますが、このクルマのポイントはまだあります。足回りのチューニングをロータスが手がけているのです。その結果、480ターボは硬くもなく柔らかくもない絶妙な足回りを獲得し、長距離も苦にならない快適性とスポーティなハンドリングを両立させていました。かつてのいすゞ車に存在した「ハンドリング・バイ・ロータス」を彷彿とさせますね。

480ターボは、ボルボ、ルノー、ポルシェ、ロータスの合作モデル!

全長×全幅×全高は4300×1685×1330mmと、ハッチバックとしては長めの全長と低い車高が特徴です。2505mmという比較的長いホイールべースの恩恵を受けて、優れた直進安定性を確保していました。車両重量は1050kgで、現代のクルマから比べればかなり軽量です。搭載されたエンジンも決して高出力ではありませんが、17.8kg・mという豊かなトルクを駆使すれば、キビキビ走らせるには十分な性能と言えるでしょう。そして、現代ではほとんど見られなくなった装備と言えば、リトラクタブル・ヘッドライト。この造形を懐かしく思う方も多いと思います。

ボルボ480シリーズは、全モデル合計で76,375台が生産されました。日本へ正規輸入されたのは1989年モデルの480ターボが300台のみで、内訳は左ハンドルの5速マニュアル車が295台、右ハンドルのオートマチック車が5台となっていました。総生産台数に比べて日本に入ってきた数がとても少ないですが、今の日本にはどれくらいの480ターボが現存しているのでしょうか。ドイツにおいても、480ターボだけではなく、480シリーズ自体を見ることは稀で、この個体以外をまだ見たことがありません。ボルボ、ルノー、ポルシェ、そしてロータスの合作とも言えるボルボ480ターボ。この個体も含め、現存する車両が元気に走り回る姿を見続けていきたいですね!

[ライター・カメラ/守屋健]

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守屋 健

鹿児島県出身。幼い頃、歯医者の待合室で偶然手に取った自動車図鑑、それに載っていた緑のポルシェ911ターボ(930型)に衝撃を受け、「将来必ずこのクルマに乗る」と決意するも、今日まで実現には至らず。1993年シーズンのDTMや1995年のル・マンでヨーロッパへの思いを募らせ、念願叶って現在はベルリンに居を構えるフリーランスのライター。自他共に認めるドイツ好きだが、何の因果か現在までの愛車はカングーやルーテシアといったフランス車ばかり。

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