ヨーロッパの大衆に愛されたベーシックカー。ラリーのイメージも強いコンパクトハッチバック「フォード・エスコート」

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フォード・エスコート。この名前を聞いて、みなさまはどんなイメージを持ちますか?1960年代から1970年代のラリーでの活躍でしょうか。それとも、1990年代にグループAで活躍した「エスコートRSコスワース」でしょうか。日本においては、どうしてもラリーと切っては切れないイメージのエスコートですが、一方でヨーロッパでは長きに渡り多くの人々に愛された大衆車でした。今回はスポーティモデルではなく、「素のフォード・エスコート」を紹介します。

コンパクトさが美点

今回撮影したエスコートは、1995年から2004年まで生産されていた、第6世代にして最終型となった3ドア・ハッチバックモデルです。基本的には、第5世代からのプラットフォームを引き継いでいて、ほとんどのメカニズムはそのまま使われています。外装はかなり丸みを帯びたスタイリングに変更されていて、以前のエスコートのイメージはほとんど残っていません。

一方で、全長約4.1m、全幅約1.69mのコンパクトなボディサイズは、先代からあまり大きくならずに引き継がれていて、エスコートの美点のひとつとなっています。もともとエスコートは、初代モデルからコンパクトなボディがセールスポイントでした。普段あまり大きな荷物を運んだり、人を乗せたりしない人々にとって、コンパクトな3ドアハッチバックはまさに「ちょうどいいサイズ」だったのでしょう。

幅広いニーズに対応する豊富なボディバリエーション

エスコートは代々、ボディバリエーションが豊富ですが、第6世代も例外ではありません。3ドアのハッチバックを基本に、5ドアのハッチバック、4ドアセダン、5ドアのステーションワゴン、3ドアのバン、2ドアのコンアーチブルと全部で6モデルが準備されました。ドイツで今でもよく見かけるのが、3ドアのハッチバックと、2ドアのコンバーチブルです。2ドアのコンバーチブルは、中古車市場において他社製オープンカーよりも比較的安価に流通しているため、手頃なコンバーチブルとして現在でも一定の人気があるようですね。

先代モデルで世界的に有名になった「エスコートRSコスワース」は、2段構えのリヤウイングやオーバーフェンダー、前に大きくせり出したフロントリップスポイラーなどといった派手なエアロパーツに、名門コスワースが手がけた227馬力の2リッターターボエンジンなど、量産車らしからぬ凄みのある装備の数々で、現在でも高い人気を誇っています。ヨーロッパでは「Cossie(コッシー)」の愛称で呼ばれていて、自動車雑誌でもよく見かける存在です。ちなみに、「エスコートRSコスワース」のボディを手がけたのは、ドイツの名門コーチビルダー「カルマン」でした。

第6世代にも「RS」の名を冠するモデルは存在していましたが、先代の「エスコートRSコスワース」ほどのインパクトはありませんでした。第6世代のRSは「RS2000」と呼ばれていて、生産期間は1996年の1年間のみと言われています。エンジンは2リッター自然吸気直列4気筒DOHCで、150馬力の最高出力によって最高速度は210km/h、と「RS」を名乗るには少々物足りない性能でした。またエクステリアも派手なエアロパーツなどはなく、サンルーフなどが装備された個体が多いことから、どちらかといえばGT的な性能を持たされたモデルだったのでしょう。

長くヨーロッパで愛されたロングセラー

しかし、エスコートの主役はそうしたスペシャルモデルやスポーティグレードではなく、今回取り上げたようなベーシックなモデルにあります。第6世代においても、古典的だけれど安価な1.3リッターOHVをもっとも下位グレードに設定し、1.4リッターSOHCや「ゼーテック」シリーズである1.6リッターDOHC、1.8リッターDOHCなどの信頼性の高いエンジンをラインナップ。先代からメカニズムを引き継いだというものの、サスペンションの設定を改めて見なおすことで、先代モデルに比べてハンドリングと乗り心地を大幅に向上させました。

ドイツでも生産されていたエスコートは、その堅実なクルマ作りが評価されて、モデル末期まで堅調な販売を維持。1998年に登場したまったく新しいフォードの小型車「フォーカス」にバトンを渡し、エスコートはその長い歴史に幕を下ろしました(実際は2000年代初頭まで生産が続けられていました)。その数、33年間で約410万台。日本に入ってきている数はわずかですが、エスコートはこれからも世界中で人々の足として活躍していくことでしょう。

[ライター・カメラ/守屋健]

守屋 健

鹿児島県出身。幼い頃、歯医者の待合室で偶然手に取った自動車図鑑、それに載っていた緑のポルシェ911ターボ(930型)に衝撃を受け、「将来必ずこのクルマに乗る」と決意するも、今日まで実現には至らず。1993年シーズンのDTMや1995年のル・マンでヨーロッパへの思いを募らせ、念願叶って現在はベルリンに居を構えるフリーランスのライター。自他共に認めるドイツ好きだが、何の因果か現在までの愛車はカングーやルーテシアといったフランス車ばかり。

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