「最善か無か」の時代に生まれたメルセデス・ベンツ280CE(C123)と邂逅。道具としての美しさは不変だ!

  1. ドイツ現地レポ
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メルセデス・ベンツの企業スローガンに「Das Beste oder nichts(最善か無か)」というものがあります。創業から1990年前後まで使われていて、その後しばらく使われなくなり、再び2010年代後半から使われるようになりました。利益率向上策やコストダウンの影響を受けて、品質の低下やリコールの増加を招き「かつての品質は失われた」との声も聞かれるほど一時は信頼を失っていましたが、ここ最近のメルセデス・ベンツのクルマは往年の「最善か無か」を彷彿とさせる圧倒的なクオリティを取り戻していると言ってよいでしょう。

「最善か無か」という企業スローガンが反映されたクルマはどれか?ということに関しては、クルマ好きの間でもよく議論になることですが、今回ご紹介するクルマがかつての「最善か無か」の時代の最中に生まれたことについて異論を挟む方は少ないと思います。CLのドイツ現地レポではすっかりおなじみの存在のHナンバー車ですが、この個体も例に漏れず。Hナンバーを掲げたメルセデス・ベンツ280CE(C123)です。

W123系のクーペでは最も生産数の多いモデル、280CE(C123)

C123は基本のセダンタイプであるW123のバリエーションモデルとして1977年に登場しました。写真の280CEは直列6気筒2746ccDOHCにインジェクションを組み合わせ、当初は177hp、1978年に改良が加えられて185hpを発揮するようになります。クーペはセダンと比べてホイールベースが85mm短く、全高もセダンの1,440mmから1,395mmと45mm低められていて、エレガントさとスポーティさ共存した魅力的なスタイルとなっています。

W123系の総生産台数は269万6,914台で、そのうちクーペが9万9,884台。280CEはクーペモデルの中の最上位モデルとして32,138台が作られました。クーペモデルの約3分の1が280CEだったということになりますね。写真の個体はクロームメッキパーツの状態もよく、雨に濡れた姿がとても美しいです。外装に目立った傷もなく、ドイツ現地の車では珍しくきれいに洗車されており、オーナーが大切に維持していることがわかります。

当時のメルセデス・ベンツの外装で特徴的なのが、この灯火類です。遠くからの視認性と運転者の意思を確実に周囲に伝えるという点を考慮し、前後の灯火類を大型化。今あらためて見ると、フロントのウインカーランプは特に大きいですね。さらにレンズには大きな凹凸が付けられていますが、これはレンズに泥が雪が付着しても視認性が確保できるようにという工夫のひとつ。近年のメルセデス・ベンツのクルマには、この凹凸レンズも装備されなくなってしまいました。

クーペのボディは、今ではほとんど見られなくなってしまったBピラーレスのハードトップ構造です。とてもスッキリしてスタイリッシュなデザインですが、一方でAピラーとCピラー、ルーフをしっかりと強化。事故衝突時や横転時の安全性の確保に抜かりはありません。全長は現行Cクラスとほぼ変わらない4,640mmですから、現代の目で見てもかなりゆったりとしたフォルムのクーペですね。

非常に高品質な凝った構造のシートをエントリーモデルにも採用!

「最善か無か」の思想が反映された箇所として特に挙げたいのが、当時のメルセデス・ベンツのクルマに採用されていたシートです。その素材として使われていたのはレザーではなく、コートやジャケットに用いられるような、厚手で柔らかく光沢のあるウール素材、ベロアでした。また、コイルスプリング、網状のSバネ、ウレタン製のダンパー、ヤシの実由来のシュロ毛や馬毛といった多数の素材を組み合わせ、大柄で分厚く、疲れにくく耐久性も抜群のまさに「高級な椅子」が使われていました。しかもこういった凝った作りの椅子は、最上級モデルだけでなく、当時のエントリーモデルだったW123系にも備わっていたのです。

いつからか高級車の代名詞となってしまったレザーシートですが、本来レザーシートは馬車時代からの伝統で、耐候性・耐久性・汚れた時の手入れのしやすさから運転席のみに用いられていました。オーナー用の後部座席は布素材であることが通常であったものの、時代が変わってオーナー自らが運転することが当たり前になり、全席にレザー素材が使われるようになった、と言われています。

レザー素材は夏は蒸れやすく、冬は冷たいですよね。レザーシート用のシートヒーターやシートベンチレーションも一般化している現代ですが、当時のメルセデス・ベンツのシートの手触りや滑りにくさ、疲れにくさがもっと再評価されて、ベロアのような高品質なファブリック素材のシートがもっと増えたらいいな、と個人的には思っています。

愚直なまでに高品質な道具であることを追求した「最高の実用車」

コクピットに腰掛けると、視認性と追求したメーターが並び、誤操作を防ぐためにわかりやすく配置されたスイッチが並ぶW123系のメルセデス・ベンツ。限りなくストイックに虚飾を配したそのデザインに、筆者は道具としての普遍的な美しさを感じます。消耗品の交換さえすれば、シャシーは100万キロの耐久性がある、とまで謳われた「最高の実用車」。

近年のメルセデス・ベンツはかつての質実剛健さに華やかさや軽やかさが加味されたような印象を受けますが、W123系の頃のメルセデス・ベンツが目指していたのは愚直なまでに最高品質の道具だったのだと思います。

今昔のメルセデス・ベンツが掲げる「最善か無か」の理念が変わらなくても、「何が最善か?」の中身については時代に応じて少しずつ変わっていくのでしょう。メルセデス・ベンツが無駄を削ぎ落とした最高品質の道具を再び追求し始める可能性は低いかもしれませんが、かつての時代の残滓として、C123のような名車には100万キロを超えても元気に走り回ってもらいたいものですね!

[ライター・カメラ/守屋健]

守屋 健

鹿児島県出身。幼い頃、歯医者の待合室で偶然手に取った自動車図鑑、それに載っていた緑のポルシェ911ターボ(930型)に衝撃を受け、「将来必ずこのクルマに乗る」と決意するも、今日まで実現には至らず。1993年シーズンのDTMや1995年のル・マンでヨーロッパへの思いを募らせ、念願叶って現在はベルリンに居を構えるフリーランスのライター。自他共に認めるドイツ好きだが、何の因果か現在までの愛車はカングーやルーテシアといったフランス車ばかり。

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