若いころクルマで聴いた曲、沢山ありましたね!洋楽青春グラフティ~追悼編~

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今年になって多くの偉大なアーティストが亡くなりました。若いころクルマで聴いた曲、沢山あったのではありませんか?

ども!カレントライフのファンの皆様こんにちは!今回の「週刊中年フライデー18号」は洋楽青春グラフティ!「追悼編」です。もう一度彼等のヒット曲を思い出して見ましょう!今週も山本編集長と天然系バイト星野がお送りいたします!

ここは、某県の「週刊中年フライデー」編集部。洋楽命の編集長と邦楽命の星野くんのデコボココンビが編集会議中であります。ちょっと覗いて見ましょう!

yamamoto山本「星野君!今回は洋楽特集だ!」

hoshino星野「編集長!ついに禁断の音楽ネタですか?」

yamamoto山本「そうだ!今年になって悲しいことが続くので、そのアーティストで特集を組み追悼するのだ!」

hoshino星野「ど、どうしたんですか?いつもの編集長ではない!!この気合はどこから?」

yamamoto山本「う~!『洋楽バカ』と言われたこの私の実力を・・・・・!」

hoshino星野「き、期待していいのでしょうか~?ちょっと心配です~。」

・・・・編集部の相変わらずの茶番劇はほっとき、説明しよう!

若いころ、洋楽にいっぱい色んなことを教わった気がします。特にこの3組はそれぞれのジャンルでの功績が大きかった気がします。

グラムロック=デビッド・ボウイ、誰が何と言おうとカッコ良すぎます!

週刊少年フライデー18号1

2016年1月10日、「デビッド・ボウイ」は星になりました。69歳。まだまだ、活躍できる年齢だったと思います。それは、最新作「ブラックスター」を聴いても何一つ色あせることのない「ボウイ」の魅力が満載でした。「ボウイ」は1964年にデビューしました。初期の頃は「ボウイ」の名前ではなく違う名前で活動していましたが、泣かず飛ばず。67年に今の「デビッド・ボウイ」のネームで活動することになりグラムロック界のスターとなって行くことになります。71年には私が最も好きなアルバムでもある「世界を売った男」を発表、72年には「ジギー・スター・ダスト」、74年には「ダイヤモンドの犬」等、この時代は名盤の目白押しでした。75年には初の主演映画「地球に落ちてきた男」が発表され「ボウイ」の地位も安定するかと思われたのですが、75年以降は薬物依存等の影響もあって迷走することになります。元、「ロキシー・ミュージック」の「ブライアン・イーノ」とコラボしたり、パンクに挑戦したりしていましたが、個人的にこの時代の「ボウイ」は聴くことは少なかったです。

ところが、80年代になって「ボウイ」は一変します。元「シック」の「ナイル・ロジャース」とコラボし、83年に「レッツ・ダンス」を発表し、全世界をビックリさせます。80年代は色々なBIGバンドの転換期でもあり、「ボウイ」も例外ではなかったようです。不死鳥のように蘇った「ボウイ」は映画にも出演します。「大島渚監督」の「戦場のメリークリスマス」で好演した「ボウイ」は音楽以外でも日本のファンに認知されます。86年には「ラビリンス/魔王の迷宮」にも出演しサントラも手掛け90年代も、映画や新ジャンルへの挑戦と活発的な動きをしていました。2000年代に入り、病気がちになり、引退の噂もあった矢先に2016年1月8日の69歳の誕生日に新作「ブラックスター」の発表があり「デビッド・ボウイ」復活へのプロローグかと思われた時に、2日後に訃報が舞い込んでくると言う、ファンにとっては一喜一憂することになってしまいました。まさに、「星」になったのでしょう。ちなみに、私のオススメの3曲は「世界を売った男」「ジギー・スター・ダスト」「レッツ・ダンス」です。漆黒の闇の中をクルマで走りながら聴いて頂きたいアーティストですね。

カントリーからロックまで!幅広いジャンルで活躍していたのがこのバンド!イーグルス!

週刊少年フライデー18号2

2016年1月18日、「イーグルス」のリーダーの「グレン・フライ」はカリフォルニアの風となりました。67歳。現役で「イーグルス」の活動をしていただけに残念です。「グレン・フライ」は1971年にデビューした「イーグルス」の核となるメンバーでした。初期の頃「イーグルス」は「ドン・ヘンリー」との名コンビで「カントリーロック」を中心に活動していました。デビュー曲の「テイク・イット・イージー」が大ヒットしましたが、75年にはロック色をより強くした「呪われた夜」を発表し、76年には「ジョー・ウォルッシュ」が加入し「ホテルカリフォルニア」を発表。この時代が「イーグルス」の絶頂期だったかも知れません。「ドン・フェルダー」のツインネックギターは印象的でした。ところが、80年になりメンバーの軋轢が原因で活動停止。82年に「解散」となってしまいました。

その中、ヴォーカルでドラムの「ドン・ヘンリー」はソロ活動を開始し成功を収めます。そして、一方「グレン・フライ」は82年よりソロ活動を始めるのですが中々成功には至らない日々が続きます。しかし、85年に転機が訪れます。サントラ盤への参加です。まずは「エディー・マフィー」の「ビバリー・ヒルズ・コップ」の挿入歌「ヒート・イズ・オン」が大ヒットなります。次にTVシリーズでおなじみの「マイアミ・バイス」の挿入歌「ユー・ビロング・トゥ・ザ・シティ」がこれまた大ヒットとなり「サントラのグレン」と称されることになります。94年には「イーグルス」が再結成。アルバム「ヘル・フリーゼズ・オーヴァー」を発表、「ゲット・オーヴァー・イット」はぶっ飛んだ曲となっていてファンもビックリするようなハードロック仕上がりとなっています。2011年にはツアーを行い日本公演も実施。再来日も期待されていた矢先の訃報となりました。奇しくも「ボウイ」が亡くなった8日後の事でした。カリフォルニアの風となって「星」を追っていたのでしょう。オススメの3曲は「ホテルカリフォルニア」「駆け足の人生」「ゲット・オーヴァー・イット」です。夜景の綺麗な高速を走りながら聴いて頂きたいアーティストですね。

DISCOと言えば、EW&F!聴いたことのない人はいないのでは?

週刊少年フライデー18号3

2016年2月3日、「アース・ウインド&ファイヤー(EW&F)」のリーダーの「モーリス・ホワイト」は宇宙のピラッミドに埋葬されました。74歳。現役で「EW&F」の活動をしていましたが、近年は病気がちでツアーには参加出来ずにいました。「モーリス・ホワイト」は1966年から音楽活動をしていましたが、72年に「フィリップ・ベイリー」を迎え本格的に「EW&F」の活動を開始します。R&B、ファンクミュージックを中心に活動していましたが、76年の「ゲッタウェイ」、77年の「宇宙のファンタジー」で一気にスターダムに駆け上がります。78年には「セプテンバー」、「ブギウギワンダーランド」を続けてヒットさせ、DISCOで彼らの曲がかからない日は無いと言うぐらいに日本でも「EW&F」は浸透して行きました。「モーリス」達はさらに変化を遂げます。DISCO+電子音の名作「レッツ・グルーヴ」の大ヒットです。印象的なイントロから始まるこの曲が「EW&F」の頂点だったのかも知れません。83年には更に電子音を主としたアルバム「エレクトリック・ユニバース」を発表。「マグネティック」や「タッチ」、「スピリット・オブ・ニュー・ワールド」がヒットします。

しかし、この後は以前ほどの成功を収めるアルバム、ヒット曲は生まれませんでした。そこでメンバーはそれぞれソロ活動を行います。「モーリス」は名曲「アイ・ニード・ユー」を、「フィリップ」は「ジェネシス」のヴォーカル&ドラマー「フィル・コリンズ」とのデュオ「イージー・ラヴァー」を発表。これが大成功します。そして、又、「EW&F」として活動を再開します。しかし、「モーリス」はプロデューサーに専念することが多くツアーでの活動も減ってきました。97年には病気が発症し04年の来日が「モーリス」最後の日本公演となってしまいました。私はこの時のコンサートを見に行ったのですが、2階席のステージ脇だったので1曲歌う度に、椅子に座っている姿を見て心が痛んだのを覚えています。「EW&F」はその後も「フィリップ」を中心にツアーを重ねて現在でも活躍しています。オススメの3曲は「宇宙のファンタジー」「レッツ・グルーヴ」「セプテンバー」です。昔を思い出しDISCOスーツに身にまといオープンカーで聴いて頂きたいアーティストですね。

「ボウイ」が亡くなった8日後に「グレン・フライ」が逝き、その16日後に「モーリス」が逝くと言う、それぞれのジャンルで一時代を築いたアーティストが同じ時期にいなくなるのは、本当に悲しい事でした。このコラムを彼らの偉大な功績に捧げたいと思います。合掌。

hoshino星野「編集長!どうしたんですか?!今回は真面目過ぎますよ!」

yamamoto山本「星野君、そうか?私は音楽を語るとこんなもんだぞ!」

hoshino星野「ちょっと、惚れるかもしれません!」

yamamoto山本「そうか~!星野くん!やっと私の良さに気づいてくれたか!」

hoshino星野「やっぱり、『モーリス・ホワイト』って素敵ですね!」

yamamoto山本「・・・・・やっぱり、そんなオチか・・・・(泣)」

と言うことで、今回の「洋楽青春グラフティ」いかがでしたか?来週もマニアックなコラムをお届けできればと思っていますので次回の「週刊中年フライデー」をお楽しみに!金曜日にまたお会いしましょう~!

山本 圭亮

千葉県出身。元ソフトテニスのセミプロとして日本リーグでプレーしていたスポーツマン。車に対する愛情(旧車)が強く現在まで50台以上の車を購入。日本車を始め、アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、イタリア、ドイツ等の車を所有していた。2013年より車雑誌「ハチマルヒーロー」で「8年0組 洋楽先生!」として洋楽と車の関係を中心にコラムを連載開始。2015年から旧カレントライフにて「週刊中年フライデー」を連載。2016年から「ミドルエッジ」にてライティングを展開。そしてその中に「なかがわひろき」画作「時空探偵マツ・ド・デラックス」の原作を担当する。車、音楽はもちろん昭和のことなら何でもおまかせの広い守備範囲を持ち、コラムは正統派よりトリッキーなコラムが得意である。現在の愛車は「オペルマンタ」と「オペルベクトライルムシャー」。アルミ弁当箱コレクターやプロレス入場曲解説にてトークショーも開催している。又、音楽配信サイト「AWA」にて公式プレイリスターとしても活躍中。

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