「プジョー205」は突然相棒となった!トランプ派(?)山本編集長のオタク回顧録

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ども!カレントライフのファンの皆様こんにちは!ライター山本です。今週の「週刊中年フライデー52号」は、「輸入車オタク回顧録」です。このコーナーも「中フラ」として皆様にお届けすることになり今回で9台目の私の失敗談ですが、笑って読んでやってくださいね!

ここは、某県の「週刊中年フライデー」編集部。「トランプ派」の編集長と「UNO派」の星野くんのデコボココンビが、編集会議中であります。ちょっと覗いて見ましょう!

yamamoto山本「今回の回顧録はプジョー205だ!」

hoshino星野「プジョーですか?何か似合わなそうですね。」

yamamoto山本「そう!悲しみからのスタートだったなあ~(泣)」

hoshino星野「また、騙された話か・・・・。」

yamamoto山本「何か言ったか?さあ行ってみよ!」

hoshino星野「ふ~・・・・。」

・・・・編集部の相変わらずの茶番劇はほっとき早速行ってみよう!

私は20歳の頃から輸入車に乗っていました。当時は、「外車」と言えば、「アメ車」、「ドイツ車」等が中心でそれでも外車乗りは「金持ち」、「変わり者」、「成功者」なんてイメージが勝手に先行していました。そんな中でも私、山本は、人と違う路線のクルマを探し乗り続けてまいりました。ここではその「迷車」「珍車」をエピソード交えて紹介させて頂きます。

プジョー205、その車は突然相棒となった!

以前、「ベンツ230-6」の回顧録の時に「代車」として乗って帰った、1987年型の「プジョー205」のお話を少しだけさせて頂きましたが、今回はその「プジョー」のお話を!本当に「その車は突然相棒になった」のでした。ベンツの2重販売で手から離れていった時に、たまたま代車として乗らされていたのがこのプジョーでした。黒の4ドアの平凡なクルマ。正直欲しい車ではなかったのですが(2ドアはかっこいいと思ってました。)、現実的に社長は夜逃げ、ベンツはさっさと転売、かろうじて従業員の方に名変に必要な書類は頂いたので、「オペルマンタ」の時とは違い、自分の名義にすることが出来たのは不幸中の幸いでした。しかし、「プジョー」たるもの全く知識がなかった私にとっては手探りのスタートとなったのです。

人気があったのは205GTIでした。私のは廉価版?

とりあえず、愛車となった205を調べて行くと、私のクルマは1400CCのXSと言うグレードで、いわゆる「廉価版」と言われたものだったのですが、まあ「代車」に使われていた訳で期待はしていなかったので、逆に乗ってみると中々乗り心地、走りも思っていたほど悪いものではありませんでした。むしろ「面白い」と思ったほどでした。ただ、75000km走っていた「代車」だったのは事実で、走っていると、多々問題は出てきます。まずは、インパネの謎の「軋み」。走っているとインパネから「ガタガタ」と言う音や「キュ!」っと言う軋みが聞こえてくるのですが、どこが悪いのかは全く分かりません(笑)そして、謎の雨漏り。雨の降った次の日に乗ると床が濡れているのです。サンルーフはないし、フロントガラスのゴム部分にもひびがなかっただけに「?」マークが付きました。

今回のクルマの問題は身内が原因でした

何だかんだ言って、ベンツショックを乗り越え「フランス車」ライフを楽しんでいた私に、突然悲報が入りました。当時の妻(あまり深く考えないでください。)が、プジョーをぶつけたと。自宅に戻り話を聞くと左折で電柱にぶつけたとのこと。自分では大したことないなと思い、板金屋に行って見ると目を疑うような有様でした。これは、「擦った」ではなく「衝突」です。左前が破壊され、エンジンにまで達し、治すにはとんでもない費用を要するのは明白でした。選択は「廃車」。1年半のプジョーオーナーはあっけなく終了となってしまいました。手元に来た経緯は別として、快適なカーライフを送っていただけに本当に残念でなりません。スタートは、またまた中古車屋のトラブルから始まった愛車生活は「身内の自爆」と言う結果でしたが、クルマとしては意外に快適生活だったことが、「意外性の1台」となったことは間違いありません。この強制終了が、次に購入するヤバイ車に繋がっていくことになるのです。また、そのお話は次回にでも・・・・。

今回の「輸入車オタク回顧録」の「プジョー205」はいかがでしたか?皆さん!代車を愛車にすることは極力やめましょうね(笑)また機会がありましたら、私の面白おかしく壮絶な体験談をご紹介できたらと思っております。

yamamoto山本「星野君!今回は意外な結末だろ?」

hoshino星野「編集長!意外なのは編集長にも結婚生活があったという事です。」

yamamoto山本「・・・・。(そこにはあまり食いついて欲しくないなあ。)まあ・・・そうだね。」

hoshino星野「クルマ運もなければ、結婚運もなかったんですね。」

yamamoto山本「・・・・。(それも一番自分がわかってます・・・。)」

hoshino星野「あたしも気を付けよう!さあ~婚活婚活!」

yamamoto山本「・・・・。(もう、遅いと思いますけど・・・。)」

と言うことで、今回の「輸入車オタク回顧録」いかがでしたか?来週もマニアックなコラムをお届けできればと思っていますので、次回の「週刊中年フライデー」をお楽しみに!金曜日にまたお会いしましょう~!

山本 圭亮

千葉県出身。元ソフトテニスのセミプロとして日本リーグでプレーしていたスポーツマン。車に対する愛情(旧車)が強く現在まで50台以上の車を購入。日本車を始め、アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、イタリア、ドイツ等の車を所有していた。2013年より車雑誌「ハチマルヒーロー」で「8年0組 洋楽先生!」として洋楽と車の関係を中心にコラムを連載開始。2015年から旧カレントライフにて「週刊中年フライデー」を連載。2016年から「ミドルエッジ」にてライティングを展開。そしてその中に「なかがわひろき」画作「時空探偵マツ・ド・デラックス」の原作を担当する。車、音楽はもちろん昭和のことなら何でもおまかせの広い守備範囲を持ち、コラムは正統派よりトリッキーなコラムが得意である。現在の愛車は「オペルマンタ」と「オペルベクトライルムシャー」。アルミ弁当箱コレクターやプロレス入場曲解説にてトークショーも開催している。又、音楽配信サイト「AWA」にて公式プレイリスターとしても活躍中。

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