トミカ派に対抗するミニカー。イギリスの老舗マッチボックス(MATCHBOX)とは

  1. 週刊中年フライデー
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ども!カレントライフのファンの皆様こんにちは!今回の「週刊中年フライデー14号」は昭和の逸品!「マッチボックス(MTACHBOX)」。日本ではトミカの一人勝ちに戦いを挑んだイギリスの勇!圧倒的なトミカ派に対抗するイギリスの老舗!あなたは覚えていますか?今週も山本編集長と天然系バイト星野がお送りいたします!

ここは、某県の「週刊中年フライデー」編集部。アルピナと言い張る編集長の新・愛車に乗って取材に出かけるデコボココンビが編集会議中であります。ちょっと覗いて見ましょう!

山本「星野君!今回はミニカーだ!私が大好きだったマッチボックスのミニカーだぞ!」

星野「編集長!私もそのコスプレよくしました!」

山本「そうか?って・・・・(それって何と勘違いをしてるのだろう・・・)」

星野「やっぱり警官って萌えますよね!」

山本「え?それはミニカーではなくて「ミニスカ」だよね?」

星野「うふ!逮捕しちゃうぞ!」

山本「う~ん。されてもいいかも.・・・・・」

・・・・編集部の相変わらずの茶番劇はほっとき、説明しよう!

昭和40年代、男子は空前のおもちゃブームでした。クルマ派は「トミカ」、電車派は「プラレール」、ブロック派は「ダイヤブロック」、そしてボードゲーム派は「人生ゲーム」と多岐に渡りヒット商品が目白押しでした。その車派「トミカ」の手本となったのが「マッチボックス」だったのです。

マッチボックスで難しいクルマの名前も覚えました!

週刊少年フライデー14号01

1970年に伝説の始まりとして「トミカ」の黒箱が発売されました。当時値段は180円だったと思います。その「トミカ」が参考にしたのが「マッチボックス」だったと言われています。1960年代に朝日通商が輸入していたのですが、日本の子供たちは車種がわからず売り上げは伸び悩んでいました。どちらかというと「大人のミニカー」のポジションだったのかも知れません。上の写真は1970年「オペルディプロマット」、多分知ってる方は現在でも少ないと思いますが、当時の子供たちにとっては未知のクルマだったのかも知れません。この、パッケージにクルマのイラストを描くというマッチ箱(マッチボックス)のようなパッケージは、後の「トミカ」のパッケージの基礎になったのではないでしょうか?そして「トミカ」は徹底的に国産車にこだわりました。そこで「トミカ」VS「マッチボックス」の構図が始まったのです。

ラットロッド?ホットロッド?という言葉もマッチボックスが教えてくれた?

週刊少年フライデー14号02

国産を中心とする「トミカ」に対し「マッチボックス」はホットロッド、ラットロッドやバス、ジープ、コンセプトカーまで様々な車種を発売していました。(写真の車種は1970年の「ラットロッドダッジスター」です。)それが、一部の子供たちにも浸透してきたのか認知度も上がってきました。その加熱した人気を見て、国内でも動きが出ます。「ダイヤペット」で有名な「ヨネザワ」が1/43の土俵からトミカサイズに参入し「チェリカ」を販売するのです。激戦となる中「トミカ」はオモチャメーカーの強みを発揮します。「トミカワールド」の販売です。そこで人気があったのが「トミカビル」。単純な出し入れだけの「トミカパーキング」にスロープをつけるという画期的な方法で子供たちを虜にしていくのです。「マッチボックス」ピンチ!!そこに救世主が現れるのです!

マッチボックスに追い風!スーパーカーブーム到来!

週刊少年フライデー14号03

1975年、状況は変化します。そうです!「週刊少年ジャンプ」であの伝説の漫画「サーキットの狼」が連載を開始します。そしてあのスーパーカーブームが到来するのです。子供たちは見たことのないかっこいいクルマを漫画から実車で見たいと言う衝動に駆られ、スーパーカーのイベントはどこも超満員になります。「マッチボックス」に追い風が吹きました。(写真は1975年製「デ・トマソ・パンテーラ」です。)今まで聞いたことのない、見たことのない車種も子供たちは覚えていき、当然そのクルマ達のミニカーが「マッチボックスにはある」ということも知りました。国産VS輸入車のミニカー対決は、ここがMAXだったのかも知れません。1976年、トミカは「青箱」を販売します。そうです、輸入車のミニカーを販売し始めたのです。残念ながらそこで勝負はついたのかも知れません。又、子供たちは「トミカ」に傾いていきました。そのころ本国の英国では、レズニー社の経営悪化が始まり、1982年には経営破綻してしまいます。「マッチボックス」は現在でも色々な会社を渡り歩き、1997年からライバルだったマテル社の1ブランドとして現在でも販売されていますが、日本ではちょっと切ないブランドと感じてしまうのは私だけなのでしょうか?そんな「マッチボックス」が私は大好きです。

星野「編集長!私はビートルズのが好きでした!」

山本「星野君?!ビートルズのミニカーは違うメーカーでは?」

星野「ジェリー・リー・ルイスのも好きでした!渋いですよね!」

山本「えーと・・・それは「マッチボックス」と言う曲だよね・・・・全く話を聞いてないんだから(泣)」

と言うことで、今回の「マッチボックス」」いかがでしたか?今年もマニアックな逸品をご紹介できればと思っていますので次回の「週刊中年フライデー」をお楽しみに!金曜日にまたお会いしましょう~!

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山本 圭亮

千葉県出身。元ソフトテニスのセミプロとして日本リーグでプレーしていたスポーツマン。車に対する愛情(旧車)が強く現在まで50台以上の車を購入。日本車を始め、アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、イタリア、ドイツ等の車を所有していた。2013年より車雑誌「ハチマルヒーロー」で「8年0組 洋楽先生!」として洋楽と車の関係を中心にコラムを連載開始。2015年から旧カレントライフにて「週刊中年フライデー」を連載。2016年から「ミドルエッジ」にてライティングを展開。そしてその中に「なかがわひろき」画作「時空探偵マツ・ド・デラックス」の原作を担当する。車、音楽はもちろん昭和のことなら何でもおまかせの広い守備範囲を持ち、コラムは正統派よりトリッキーなコラムが得意である。現在の愛車は「オペルマンタ」と「オペルベクトライルムシャー」。アルミ弁当箱コレクターやプロレス入場曲解説にてトークショーも開催している。又、音楽配信サイト「AWA」にて公式プレイリスターとしても活躍中。

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