本物のイオタは1台?幻の存在であるランボルギーニ・イオタ

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ランボルギーニ イオタ。まもなく生誕50周年を迎えるこのクルマが、半世紀過ぎてもなお世界中のカーマニアを魅了しつづけています。半世紀も前に誕生したクルマが、電気自動車や自動運転が普及しはじめている21世紀の現代においても色褪せることなく、むしろその存在感を増しているように感じられるのは気のせいではないように思います。

ベルトーネ社のチーフデザイナー、マルチェロ・ガンディーニが生み出した傑作・ランボルギーニ ミウラ

1965年のトリノショーにおいて、剥き出しのシャーシに、60度V12エンジンが横置きに搭載されたミッドシップレイアウトとおぼしき車両(?)がランボルギーニブースに展示されました。それが後のランボルギーニ ミウラP400として世に送り出されるクルマです。このPとは、Posteriorの頭文字を取ったもので、ラミッドシップマウントする意味合いを持ちます。生まれながらに人々を魅了する強い引力を持つクルマの誕生です。ランボルギーニ イオタのルーツが、このミウラにあることはいうまもでありません。

ランボルギーニ イオタ誕生の経緯とネーミングの由来

ランボルギーニ社の創業者であるフェルッチオ・ランボルギーニにとって、他の何よりも速く・美しいロードカーこそが自身の理想系だったようであり、自社のクルマがレースフィールドに送り出すことを望んでいなかったという説が有力です。事実ミウラは、当時のフェラーリはおそか、レーシングカーをも凌ぐ性能を発揮したのです。しかし、当時のランボルギーニ社は、まだ新興メーカーという位置付けでした。地位も名誉も確立されていない時代にレースフィールドで勝利を収めることが、名実ともに名門の仲間入りを果たす最短かつ最良の方法であるという声は、フェルッチオ・ランボルギーニの耳にも届いていたに違いありません。

1969年11月、フェルッチオ・ランボルギーニ社のテストドライバーであった、ニュージーランド生まれのボブ・ウォレスは、ランボルギーニ ミウラをベースにしたレーシングバージョンを製作することを計画。同社から許可を得ます。このクルマは、FIA(国際自動車連盟)の車両規定J項目に合致する性能にちなみ、J(ギリシャ語でイオタ)と呼ばれました。

ミウラを大きく上回る性能とイオタの悲劇

ランボルギーニ イオタは、ミウラをベースにして製作されたと言う説がありましたが、ランボルギーニ社の工場で一から造られたと言う説が近年では有力であり、ルーフを始めとする、シャーシの可能な限りの部分がアルミ製とされました。エンジンも、排気量はそのままに各部のチューニングが念入りに施され、最高出力はミウラSVの380psを大きく上回る、推定440psを誇りました。

最高速も軽く300km/hを超えたと言われています。この個体は数万キロのテスト走行を終えた後、工場の片隅にひっそりと置かれていました。後にこのイオタはレストアが施され、ミラノ在住の伯爵に売却されたと言われています。その後、別のドライバーによる運転でクラッシュし、修復不可能と判断されたイオタは解体処分されてしまいます。

現存するランボルギーニ イオタの個体はすべてレプリカ?

ランボルギーニ社の公式見解として「本物のイオタは1台」とされ、長年「シャシーナンバー 5084」がそれに該当するとされてきましたが、近年になり「シャシーナンバー 4683」が本物だという説が有力視されています。その他に、ミウラをベースとして数台のレプリカモデルが製作されました、一度デリバリーされた後に工場へ里帰りした個体や、新車の段階でミウラをベースに製作された個体も存在します。いずれも、イオタ・レプリカ「SVJ」として、メーカーから証明書が発行されたと言われています。しかし、本物のイオタは既にこの世には存在しておらず、現存するモデルはすべてレプリカモデルとされています。

ランボルギーニ イオタは日本にも実在する?

日本にもレプリカ版のイオタが存在しており、その中には「SVR」と呼ばれるモデルも生息しています。また、かつて日本人オーナーが所有していた「シャシーナンバー 4892」が、2015年1月に開催されたRMオークションに出品され、人気の高さと希少性から、大いに注目を集めました。この「シャシーナンバー 4892」は、結果的に日本円に換算して2億円を超える価格で落札されました。

東京都港区にある「ビンゴスポーツ」にて、1968年式ランボルギーニ イオタが販売されていたことをご存知の方も多いでしょう。日本だけでなく、海外からも大いに注目を集めたこの個体がこの国に現存することが誇らしく感じられます。

現在、多くの名車が日本の地を後にしています。ランボルギーニ ミウラもその例外ではありません。バブル期を中心に海外から集められた名車たちがヨーロッパなどに里帰りを果たし、また世界的に活況な新たな地へと旅立っていきました。手に余るほどの潤沢な資産と、日本に呼び戻すだという強い信念と(もはや執念かも)根気強さがなければ、これらの名車たちが再び日本の地を走ることはないかもしれません。

ランボルギーニ イオタをミニカーで愛でる

ランボルギーニ イオタの実車は夢のまた夢のまた夢…であっても、ミニカーであれば手に入れることが可能です。スーパーカーの頂点に君臨するモデルだけに、各ミニカーメーカーが製品化しています。ライター北沢氏には遠く及びませんが、ミニカーコレクターのはしくれとしてお勧めしたいのは「京商製 1/18 ランボルギーニ イオタSVR」です。#4860を再現したとされるシルバーのSVJ仕様なども存在しますが、やはり決定版はこちら商品番号[No.08311R]でしょう。

2002年に発売されたこちらのモデルはすでに絶版となっており、インターネットオークションでの入手となってしまいますが、1/43スケールでは醸し出せない、1/18スケールならではの迫力と、京商製ならではの細かいディティールまで再現されたランボルギーニ イオタSVRは「スーパーカー世代だけどミニカーは集めていない(あえて集めないようにしている)」方にもお勧めしたい逸品です。

ランボルギーニ イオタはミステリアスだから惹かれる?

クラシックカーや往年のレーシングガーなど、オリジナル度が高ければ高いほど価値があります。どんなオーナーやレースで優勝したかといった「付加価値」があればなおさらです。その反面、ランボルギーニ イオタには謎が多く、いまだに新説が世に出ることもあります。

存在そのものが永遠にミステリアスであり、伝説なのです。これから数百年後の未来、クルマからタイヤがなくなり、空中を飛び回るまったく別のモビリティになっているとしても、ランボルギーニ イオタの存在は語り継がれていくように思えてなりません。

[ライター/江上透 画像出典/Pinterest]

松村 透

輸入車の取扱説明書の制作を経て、2006年にベストモータリング/ホットバージョン公式サイトのリニューアルを担当し、Webメディアの面白さに目覚める。その後、大手飲食店ポータルサイトでコンテンツ企画を経験し、2013年にフリーランスとして独立。現在はトヨタ GAZOO愛車紹介の監修・取材・記事制作や、ベストカー誌の取材等で年間100人を超えるオーナーインタビューを行う。カレントライフは2015年より参画。副編集長を経て、2019年、編集長に就任。現在の愛車は、1970年式ポルシェ911Sと2016年式フォルクスワーゲン ゴルフ トゥーラン。9月11日生まれの妻と、平成最後の年に産まれた息子、動物病院から譲り受けた保護猫と平和に(?)暮らす日々。

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