パンダがスゴイのはフツウのクルマであること

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1980年に初代が登場したフィアット・パンダは、ジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたシンプル極まりない、欧州では最小クラス、Aセグメントの実用車だ。ガラスを含めて直線と平面で構成されたデザインは、まるで1/1のペーパクラフトのよう。内装も超シンプルで、1箇のメーターに棚ひとつ。パイプフレームに布を貼っただけのようなハンモックシートにワイパーも一本でいいやと言う感じで、デザインを含めていかにも低コスト。とはいえ、さすがジウジアーロ先生。シンプルゆえに室内のスペースは広々しており、「素のクルマ」として4人のオトナが過不足なく乗れて移動できる80年代の2CVと呼ばれるゆえんでもある。

確かにパンダは安物だったが、決して貧乏臭くみえないのがデザインのチカラ。日本でもJAXが輸入しはじめた当時は、最も安く買える「外車」として、それなりの人気を集めた記憶がある。というか、実は自分買っちゃったんですが(笑)、パンダ。ショウルームにパンダを見に行ったら、パイプに布貼っただけのシートやスカスカのエンジンルーム、内装には細かなスキマがあり、走らせるとガシャガシャにぎやかな室内。当時乗ってたトヨタとはえらい違いに衝撃を受けて即決。イタリアの安物としばらくともに過ごしたものである。

発売当時は1000ccにも満たないちいさなエンジンだったが、83年にシュタイア・プフとの共同制作による四輪駆動モデル4×4を追加。86年には近代化されたFIREエンジンを搭載。三角窓を廃止したり、ちょっとだけ内装を豪華にするなどのマイナーチェンジを受けたが、パンダらしい「素のクルマ」という本質はまったく変わらず、基本的にこのまま1999年まで、足掛け19年も生産され続けていた。90年代には富士重工製のECVT(これはスバル・ジャスティと同じ変速機だったらしい)を積んだ「セレクタ」なども追加されつつ、その後も2000年代初頭まで、ポーランドの工場では細々と生産されていたらしく、ポーランド生まれの初代パンダが、少数が日本にも入ってきていたようだ。

この初期型パンダが19年も作られ続けてきた理由は、先にも書いたようにこれが徹底した「素のクルマ」だからだと思う。必要最小限の装備のクルマ。パンケーキやトーストで言えば焼いた直後、ごはんで言えば炊き立てのを茶わんに盛った状態。味付けも何もないけれど、とても幸せな気分に浸れる。味付けはお好みなので、何に使おうがそれは自由だし、実際何に使ってもちゃんと答えてくれる。パンダが多くの人に愛されたのは、そんなところにあるのだろう。

2代目となるパンダは、2003年に登場したちょっとトールボディの5ドアハッチバック。だいぶ立派になってしまったが、それでも元気で使いやすい小型車という部分では変わらず、こちらは8年間作られた。初代に比べて半分の寿命だが、デザインコンセプトがほとんど変わらない3代目が2011年に登場しているので、まだまだ息の長いデザインとなりそうな気配がする。いやしかし「普通」であることはスゴイことなんだろうな。何を持ってして「普通」と言うのかは悩み所ではあるのだが、パンダが「誰もが思う本当に普通のクルマ」である、ということが、他にはない「個性」なのが、いやスゴイ。

[ライター/まつばらあつし 画像出典/Pinterest]

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まつばらあつし

映画カメラマン・ライター/コピーライター・アニメーター・ガッコの先生など、いろいろ仕事をしてたら自分の本業が解らなくなってしまったフリーランス35年生。16歳でバイク、18歳で普通免許を取ってからいろいろ乗り継いで、現在はシトロエン2CVとヤマハEC-02という、超プリミティブなコンビと生活中。ライティングではクルマ関連と映画関連、パソコンのグラフィック系アプリケーションの記事などを中心に活動。映画テレビ技術協会会員、サッカー4級審判員、ナショナルジオグラフィック協会会員、TSUTAYA会員。

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