国産車のデザインに物申す!国産車びいきへの転向を経ても捨てきれぬ「美しいモノを渇望するマインド」

  1. カーゼニ
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聞くところによれば、HDD式のPCすなわちパーソナルコンピュータというのは5年も使っているとたいてい不調になるものらしい。だがわたしのそれ、すなわちPanasonic Let’s note CF-S9なるHDD式ノートPCは、かれこれ7年間も使い続けている。

それをもって「うむ、さすがは松下電器産業よのう」などと浮かれていたのだが、さすがに7年は長すぎたようで、このところ不調に陥る日も増えてきた。それがためにわたしは近々、自前のノートPCを買い替えるつもりだ。次期マシンはアップル社のMacBook Airになる予定である。

10年前、毛嫌いしていたWindowsを使い始めると…

ここ10年ほどはひたすらWindowsマシンを使ってきたわたしではあるが、もともとはいわゆるマカーすなわちMacintoshユーザーだった。

比較的若かったわたしはマイクロソフト社の押し付けがましい世界征服姿勢と汚らしいグラフィックに反感を覚え、逆にMacintoshのすべてにわたる美しさとパンクスピリットにシンパシーを感じ、ひたすらアップル社製のそれを買い続けたのだ。

直近のシェアは知らないが、当時Macintoshユーザーは明らかに少数派だったため、ソフトウェアは高く少なく、何かと難儀はした。だが「うるせえ!だからといってオレはWindowsなんか死んでも使わねえぞ!」とパンクスピリットを炸裂させながら、クラシックOS世代のMacintoshを使い続けた。

だが今から10年ほど前。やむにやまれぬ理由により、にっくきWindowsマシンを毎日使わねばならない状況が生まれてしまった。

わたしは銀色のダサい形をしたLet’s note(某社の支給品)を前に、まるで性悪な伯父の策略によって親の仇と政略結婚するハメになった花嫁のような顔つきと手つきで、その起動ボタンを押した。そして、しばし使い続けてみた。

……ん? なんかコレ、素晴らしい気がする。

わたしはそう思いはじめた。

駆け抜ける歓びならぬ「長いものに巻かれる歓び」

許しがたき政略結婚のため、いつの日か夫を殺し、自らも自害し、そして天国で元カレと結ばれようと思っていたのだが、実はサイアクなのは性悪な伯父だけで、夫となったその男はかなりいい人じゃないですか……と気づいた感じだろうか。

わからないが、とにかくわたしはWindowsがわりと好きになった。

いや、「好きになった」というのはちょっと違うか。相変わらずグラフィックは絶望的に汚く、全体的に何かとダサいとは思っている。

ただ、わたしは「長いものに巻かれる歓び」を知ったのだ。

圧倒的多数派であるため基本的にはマシンもソフトも安価であり、周りの人間も皆使っているから、PC音痴であるわたしが「えっと、ちょっとわからないんで教えてほしいのですが……」といえば、近場にいる誰かしらが必ず解決策をスピーディに教示してくれる。

つっぱってMacintoshを使い続けていた日々が馬鹿らしく感じられるほど、それは「楽ちん」だったのだ。

わたしは、好きとか嫌いとか、おしゃれだとかダサいとか、そういったことはPCに関してはいっさい考えないようにした。そしてWindowsユーザー生活を約10年にわたり送った。

だが「美」を求めるマインドは如何ともし難く

そういった毎日をこれからも続けること、すなわちLet’s note からLet’s noteへ買い替えることも今回、もちろん考えた。

だが過日、わたしの中で何かがプツンと切れた。

や、切れたというよりは「美しいモノを渇望するマインド」が知らず知らずのうちに身体の中でせり上がり、あるラインを越えた……ということなのだと思う。

「人はパンのみにて生くるにあらず……」などとブツブツつぶやきながらわたしは近所のビックカメラに行き、最新世代のMacBook各種に触ってみた。

OSの類は当時とまるで違っているが、その美しさと、根底に流れるパンクスピリットは当時のままだった。わたしは「……やっぱこれだな、これしかないぜよ!」などとブツブツ言いながらビックカメラを後にした。その場で買わなかったのは、ゼニがなかったからである。

輸入車党から国産車びいきへの転向

さて。CLCARSと名付けられた車関係の媒体で、まるで昔のPC雑誌のような話をしてしまい大変申し訳ないとは思っている。言いたいのは「輸入車と国産車」についての話だ。

ごく一部の方はご存じのとおり、わたしは長らく輸入車(の中古車)ばかりを乗りつぎ、それどころか「輸入中古車400勝」などとふざけた肩書を自称しながら輸入車にまつわるあれこれの文章を書くことで、ここ7年間ぐらいは生計を成り立たせてきた。

しかし1年前、とあるきっかけにより生まれてはじめて「国産新車」を買った。現在乗っている2017年型のスバルXVという車である。

そしてそのXVの出来が望外によろしかったため、わたしはすっかり国産車党になってしまった――というのはやや言い過ぎで、「買うならどう考えたって輸入車でしょ!」という決めつけはしなくなった、というニュアンスだ。

国産車は整備時の部品代が安いことにも大層驚いた。輸入車であれば「……5万円かな? パーツ代だけで」と思うような部品が、国産車だと1万円とか2万円だったりする。なんなんだこの内外価格差は! と思うと同時に、国産車という「長いもの」に巻かれる歓びを、わたしは初めて知った。

だがもう少しだけ美しい国産車は作れないのか?

今のところ、国産車の世界に「転向」した自分のことを悔いてはいないし、恥じてもいない。そしてスバルXVという車についても、誇張ではなく本当にウルトラスーパー大満足している。走りも、デザインも。

ただ、仕事でさまざまな国産車に乗るたびに、多少嫌な感じがするというか、残念な気分になってしまう自分もいることは否定できない。

ダサい場合が多いのだ、デザインが。

もう少しだけでいいから、なんとかならないものかと思う。

今さら「買うならどう考えたって輸入車でしょ!」という人間に戻るつもりはないし、戻りたいとも思っていない。日本に住む日本人ですから、そりゃ国産車メーカーを応援したいですよ、どちらかと言えば。

でも、このままではWindowsのときと同様に「美しいモノを渇望するマインド」が知らず知らずのうちにあるラインを越えてしまい、「XVはいいけど、その他大半の国産車はデザインがダメ! やっぱ買うならガイシャ! そうでなければエックスブイ!!!」などと叫びだしてしまうかもしれない。

そんな叫びはしたくないので、国産車を作っている主査さんやデザイナーさん、本当に頑張ってください。心の中で応援しています。敬具。

[ライター/伊達軍曹]

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。途中2008年から2011年には編集デスクとして「IMPORTカーセンサー」(リクルート)の創刊準備および編集運用を業務委託として担当。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ってサイコーだぜ!」というのんきなトーンの原稿を各誌やウェブサイトに多数寄稿している。

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