クルマも家もデザインの重要性を伝えていきたい。株式会社クラシック代表・坂井裕之さんにインタビュー

最終更新日: 公開日:2016-05-13 | Posted in コラボ by

2015年に「株式会社クラシック」という会社を起業し、日々奮闘する坂井裕之(さかい・ひろゆき)さん。幼少期はクルマに。青年期はバスケットボールに夢中…どころではなく、のめりこむほど時間を費やしたそうです。

そんな坂井さんがどんなきっかけでクルマに目覚め、現在に至っているのか。そして、目指すものとは?

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小学生の頃の夢はカーデザイナーだったんです

江上(以下、江):坂井さんはこれまで、そして現在と、どのようなお仕事をなさっているのですか?
坂井(以下、坂):はい。大学卒業後に広告代理店に就職しまして、メディア関連の仕事に携わりました。その後、あるクルマ関連の雑誌を発行する出版社に転職して、カスタム出版の編集などを担当しました。2014年に独立しまして、現在は暮らしと家を考える人のためのWEBメディア“KLASIC(クラシック)”の運営などを行っております。

江:坂井さんは幼少期からクルマがお好きだったのですか?
坂:そうですね。小さい頃はクルマ好きでした。相当なマニアでしたね(笑)。
小学生の頃の夢はカーデザイナーだったんです。絵を描くのが好きでしたし、父もクルマ好きなので、いま思うと相当のめり込んでいました(笑)。当時、池袋にアムラックス(現在は閉館)という、トヨタの最新モデルを展示するスペースがあったんです。そのなかに、自分のデザインしたクルマが3D化できるコーナーがあり、私ももちろんチャレンジしました。当時の絵がまだ実家にあるのですが「アルテッツァそっくり」ですよ(笑)。

江:当時、お父様はどんなクルマにお乗りだったのですか?
坂:トヨタ・マークIIでした。いわゆる「81(ハチイチ)マークII」です。
ホント、懐かしいですね。確か前期モデルだったと思います。最近は見なくなりましたよね。私は岩手県出身なのですが、そのときはトヨタ・コロナに乗っていました。その後、千葉県に引っ越してからはカローラ、そしてコロナに乗り替えました。それからわずか1年で父はマークIIに乗り替えたんです。当時はそうやって、上級車にステップアップしていく家庭が多かったですよね。家のクルマがマークIIになったときは、「お父さんスゴイなあ」と思いました。

江:学校でもお父さんがクルマを乗り換えると話題になりませんでしたか?
坂:なりましたね。あいつのオヤジはあれに乗ってるとか、何となくお互い意識していましたよ(笑)。

いまでも鮮烈に覚えているのが、初代セルシオのCMなんです

江:ということは、当然モーターショーにも…?
坂:ええ。幕張の近くに住んでいたので、友だちと自転車で幕張メッセまで行きましたよ。トヨタ・セラや4500GTといったコンセプトカーが出品された年なので、確か1989年だったと思います。当時、私も相当気合いが入っていましたから、「モーターショー会場に展示されている全車種を3カットずつ撮影」したんです(笑)。平日は学校があるので週末に行ったんですが、会場はものすごく混んでいて、撮影も大変でした。当時はフィルムカメラなので、現像代も膨大になり、父はさらに大変だったようです(笑)。

江:先ほどからトヨタ車の話題が多い印象です。お父様の影響で坂井さんも…?
坂:はい。根っからのトヨタ党でした。MR2が好きでしたね。クルマのCMは他のメーカーのも好きでしたよ。お気に入りの車種のCMが流れる番組をチェックして録画したりしていました。いまでも鮮烈に覚えているのが初代セルシオのCMですね。CMの部分だけを録画して、βのビデオテープにまとめたり…。父がソニー好きで家はβ派だったんです。

江:それだけ、初代セルシオのインパクトは強烈だったということですね。
坂:はい。新卒である広告代理店に就職しました。そのとき、あのワクワクしたセルシオのCMはティザー広告だったと分かりました。トヨタのエンブレムが変わったのもこのときでしたよね。もう何回も手書きで練習しましたよ。本当に初代セルシオは最高ですよね。格好良かったよなあ・・・。当時、セルシオのトランクのラインに魅せられて、なんどもスケッチしました(鮮やかな手つきでノートに書いていただきました)。

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江:想像以上にマニアですね(笑)。
坂:そうですね(苦笑)。当時、住んでいた家から学校や駅までの駐車場に停まっているクルマを全部暗記していました(笑)。父とよく車種当てクイズをやっていましたが、夜になると点灯するテールランプでモデル名を当てていたほどです(苦笑)

ガイシャは別次元のクルマなんだと感じたんです

江:坂井さんは確か、アウディがお好きでしたよね。どういったきっかけでトヨタからアウディ好きに?
坂:いつもアウディ80が停まっている場所があったんです。あるとき、父と歩いていたときに父がふと「将来、お父さんはアウディに乗りたい」と言ったんです。この一言はいまでも強烈に覚えています。当時、マークIIに乗っていた父でしたが、アウディはドイツ車ですよね。ガイシャは別次元のクルマなんだと感じたんですね。その後、中高生時代はバスケットに夢中になり、クルマからは遠のいていきましたが、その一言は覚えていましたね。

江:もしかして、社会人になって念願のアウディを手に入れられたんですか?
坂:そうなんです。父が憧れたアウディの存在がずっと気になっていて、社会人2年生のときにアウディA3(3ドア)をママチャリで飯倉(六本木)の交差点にあるアウディディーラーに行きましたよ。懐かしいなあ・・・。

江:お父様が憧れていたアウディを、ついに坂井さんが手に入れる日がやってきました。
坂:はい。実家に乗って帰ったときに、父が「おれにも運転させてくれないか?」って言ったんです。父がアウディ乗っている姿を見たときは嬉しかったですね。母は「またー、ガイシャなんて!」と言ってましたけど(笑)。

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この記事の筆者:江上 透

カレントライフの副編集長。輸入車関連のセールスプロモーション、ウェブサイト、紙媒体、ラジオ番組の...