1000馬力は真実か?ケーニッヒ フェラーリ、それはバブルの忘れ形見

最終更新日: 公開日:2015-09-03 | Posted in ライフ by

以前、「アーマーゲーと呼ばないで」という記事を公開しましたが、バブル時代は実にさまざまな輸入車が日本上陸を果たしました。

そのなかで、強烈なインパクトを与えたのが「ケーニッヒ(KOENIG-SPECIALS)」ではないでしょうか?

ケーニッヒ フェラーリは、多くのクルマ好きの度肝を抜いた

当時は、いまほどはフェラーリを見かける頻度も少なく、独特のフォルムを纏ったケーニッヒは、好むと好まざるに関わらず、多くのクルマ好きの度肝を抜いたはずです。

1990年ごろ、都内のある場所に人だかりができていました。その隙間から赤いクルマが見え隠れしています。よく見ると、それはフェラーリF40でした。ちょうど春休みの時期で、少年たちがF40を取り囲んでしまい、オーナー氏が発進できなくなってしまったほど、強烈なオーラを放っていました。もちろん、私も駆け寄りました。友達たちをほったらかしにして(笑)。

フェラーリオーナーの通過儀礼(?)といえるマフラー交換も、現在のように種類が豊富ではありませんでした。しかし、ノーマルのテスタロッサオーナーが、トンネル内でケーニッヒ製のマフラーを装着したフェラーリの音を聴き、「すっかりやられてしまった(音に魅了されてしまった)」ことで、翌日にはそのマフラーをオーダー…などという場面も珍しくなかったようです。

ケーニッヒは、当時愛知県岡崎市にあったカークラフトが日本総代理店となり、販売されました。

輸入第1号車は328GTSケーニッヒで、ファーストオーナーはなんと女性だったのです。この個体は現在も日本に現存しており、きちんと「収まるべくところに収まっている」そうです。

その後、テスタロッサベースのケーニッヒが注目されるようになります。

1000馬力を標榜するテスタロッサベースのケーニッヒ フェラーリが登場

そしてついに、1000馬力を標榜する「Testarossa Koenig Competition Evolution」が登場したのです。フジミのプラモデルとしても発売されましたし、スーパーカーにもたれ掛かるセクシーな美女が表紙を飾っていた雑誌にも頻繁に登場しました。実車を観たことはなくても、その存在をご存知の方は案外多いのではないでしょうか?

Testarossa Koenig Competition Evolutionの名が与えられたモデルは、車内のブースト計の切り替えスイッチにも”1000”の文字が刻まれます。ブガッティ・ヴェイロンが1000psを標榜する20年近くも前の話しです。

果たしてこのモデルが本当に1000psを発揮していたのかは不明です。と同時に、スーパーカーブームの頃のフェラーリやランボルギーニも、メーカーが主張する最高速に到達できたかどうかは「?」な部分があったのは確かです。

あわせて読みたい記事

この記事が気に入ったらCLに「いいね!」しよう

最新情報はFacebookページでチェック

この記事の筆者:江上 透

CL副編集長。輸入車関連のセールスプロモーション、ウェブサイト、紙媒体、ラジオ番組の企画/制作/運営...