「プジョー205」は突然相棒となった!トランプ派(?)山本編集長のオタク回顧録

最終更新日: 公開日:2016-11-11 | Posted in 週刊中年フライデー by

ども!カレントライフのファンの皆様こんにちは!ライター山本です。今週の「週刊中年フライデー52号」は、「輸入車オタク回顧録」です。このコーナーも「中フラ」として皆様にお届けすることになり今回で9台目の私の失敗談ですが、笑って読んでやってくださいね!

ここは、某県の「週刊中年フライデー」編集部。「トランプ派」の編集長と「UNO派」の星野くんのデコボココンビが、編集会議中であります。ちょっと覗いて見ましょう!

yamamoto山本「今回の回顧録はプジョー205だ!」

hoshino星野「プジョーですか?何か似合わなそうですね。」

yamamoto山本「そう!悲しみからのスタートだったなあ~(泣)」

hoshino星野「また、騙された話か・・・・。」

yamamoto山本「何か言ったか?さあ行ってみよ!」

hoshino星野「ふ~・・・・。」

・・・・編集部の相変わらずの茶番劇はほっとき早速行ってみよう!

私は20歳の頃から輸入車に乗っていました。当時は、「外車」と言えば、「アメ車」、「ドイツ車」等が中心でそれでも外車乗りは「金持ち」、「変わり者」、「成功者」なんてイメージが勝手に先行していました。そんな中でも私、山本は、人と違う路線のクルマを探し乗り続けてまいりました。ここではその「迷車」「珍車」をエピソード交えて紹介させて頂きます。

プジョー205、その車は突然相棒となった!

以前、「ベンツ230-6」の回顧録の時に「代車」として乗って帰った、1987年型の「プジョー205」のお話を少しだけさせて頂きましたが、今回はその「プジョー」のお話を!本当に「その車は突然相棒になった」のでした。ベンツの2重販売で手から離れていった時に、たまたま代車として乗らされていたのがこのプジョーでした。黒の4ドアの平凡なクルマ。正直欲しい車ではなかったのですが(2ドアはかっこいいと思ってました。)、現実的に社長は夜逃げ、ベンツはさっさと転売、かろうじて従業員の方に名変に必要な書類は頂いたので、「オペルマンタ」の時とは違い、自分の名義にすることが出来たのは不幸中の幸いでした。しかし、「プジョー」たるもの全く知識がなかった私にとっては手探りのスタートとなったのです。

人気があったのは205GTIでした。私のは廉価版?

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この記事の筆者:山本 圭亮

千葉県出身。元ソフトテニスのセミプロとして日本リーグでプレーしていたスポーツマン。車に対する愛情...