1970年代から1990年代まで!懐かしのF1マシーンたちを振り返る

最終更新日: 公開日:2016-07-22 | Posted in 週刊中年フライデー by

ども!カレントライフのファンの皆様こんにちは!1週間のご無沙汰でした!今回の「週刊中年フライデー39号」は、マニアの逸品「懐かしのF1マシーンたち!」です!今週も山本編集長と天然系バイト星野がお送りいたします!

ここは、某県の「週刊中年フライデー」編集部。「ギンザーニ派」の編集長と「ナニーニ派」の星野くんのデコボココンビが、編集会議中であります。ちょっと覗いて見ましょう!

yamamoto山本「星野君!今回は『懐かしのF1マシーンたち』だ!」

hoshino星野「編集長!ドックフードですか?」

yamamoto山本「え~と?星野君!それは『ビタワン』だよね。」

hoshino星野「すみません~。ボーリングでもしますか?」

yamamoto山本「・・・・・。それは、『ラウンドワン』!」

hoshino星野「山田くん!あたしに座布団3枚ね!」

・・・・編集部の相変わらずの茶番劇はほっとき、説明しよう!

さあ!皆さん!今回は「懐かしのF1マシーンたち!」ですよ!あのマシーンも勿論出てきますよ!とりあえず行ってみましょう!


▲私たちの時代のF1と言えばまずはこれでしょ!

タイレルフォード P34 / 主なドライバー ロニー・ピーターソン ジョディー・シェクター

1976年から1977年に活躍したF1マシーンと言えば「タイレルフォードP34」ですよね。この6輪には本当にぶったまげたのを覚えています。F1が日本でまだメジャーではなかった時代に「カード」「ミニカー」「プラモデル」等F1マシーンの中で断トツの露出度だったと思います。デザイナーは「ディレック・ガードナー」。「タイレル」の創成期のデザイナーとして有名で、その最高傑作とも言われています。あっ、私は「ティレル」とは言いません。やっぱりこのクルマは「タイレル」なんです(笑)
そして、代表的なドライバーは「ジョディー・シェクター」ですね。「雨の日のタイレル」と言われ6輪の性能を上手く扱い好成績を収めていました。そして、印象的なドライバーと言えば「スウェーデンの美男子」と言われた「ロニー・ピーターソン」ですね。成績はマシーンの関係上(特にタイヤ)表彰台はわずか1回でしたが人気は高く、あのスーパーカー漫画「サーキットの狼」の「ピーターソン」の名前は彼から名付けたのではないかとも言われています。レギュレーションの関係で2年間ではありましたが、いつまでもF1ファンの記憶に残る1台ですね。

フェラーリ312
▲この時代のF1マシーンのエアダクトは高くてカッコいいです!
Photo by Nic Redhead [CC BY-SA 2.0](Wikimedia Commonsより)

フェラーリ 312T / 主なドライバー ニキ・ラウダ

1975年から1976年に活躍したこの「フェラーリ312T」は、名ドライバー「ニキ・ラウダ」を乗せドライバーズタイトルとコンストラクターズタイトルを獲得した名車です。そしてこの時代のマシーンの特徴は、エアインテークの高さです。この独特なスタイルがこの時代のデザインの主流でした。デザイナーは「マウロ・フォルギエリ」。ラウダ曰く「天才だが狂人だ」と言わせた男として有名です。「フェラーリ」「ランボルギーニ」「ブガッティ」と渡り歩き数々の名車を生みましたが、このエアインテークスタイルは1977年には廃止されてします。後継車の312T2にはあの「煙突」は消えてしまったのです。
しかしあのインテーク、どこかで見たことあると思ったら「フィアット・アバルトX1-9 プロトティーポ」のリアエンジンフードに付けられていたエアインテークに似ていたような気がしましたが、このF1マシーンまさかX1-9からのアイデアではないですよね?


▲この色は新しいブルーの色を作り出しました!
Photo by Nic Redhead [CC BY-SA 2.0](Wikimedia Commonsより)

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この記事の筆者:山本 圭亮

千葉県出身。元ソフトテニスのセミプロとして日本リーグでプレーしていたスポーツマン。車に対する愛情...