レジェント級クラシックカーが勢ぞろい!第28回クラシックカーフェスティバル 輸入車編

公開日:Posted in イベント by

海外のクラシックカーが好きな皆さま、お待ちかねのトヨタ博物館クラシックカーフェスティバルの輸入車編です。このイベントの参加資格は輸入車も同様に製造後30年以上の車両、かつては国産車がメインだったこのイベントも、海外のクラシックカーのエントリーが増え、国産車以上に歴史の長い欧米の車両のエントリーが増えることで、国産車オーナーにとってはなおの事このイベントへの参加は狭き門となるのですが、日本の自動車が世界の自動車の歴史と文化の中の一つになっていくという意味合いでは、むしろ喜ぶべきことなのかもしれません。

歴史のある輸入車クラシックカー達が勢ぞろい


▲これぞクラシックカーという佇まい。今回、最古のエントリー車両1928年型フォードA型

ちなみに、かのフォードT型の最終モデルは1927年まで製造、ヘンリー・フォードはT型にモデル末期まで固執したが故にT型生産中止まで新型を開発していなかったため、T型から新型のA型への移行にはブランクがあり1928年型ということはA型の最初期モデルということになります。

晩年のヘンリー・フォードが旧態化したT型に頑なに固執したことで、旧型のT型に飽きた顧客の関心は斬新で高級車をイメージしたデザインのシボレーに移っていきます。そして1928年フォードも新型のA型を発売、ここから自動車のマーケティングに徹底した簡略化、合理主義による低コスト化の他に「カーデザインによる差別化や商品性の重要さ」という概念が生まれます。


▲1931年型ライレー・ゲームコック・スペシャル

ライトウェイトスポーツカー生誕の地と言われているイギリスが送り出した初期の小型スポーツカー、後に世界中のカーマニアを熱狂させる事になるライトウェイトスポーツカーの歴史はここから始まったのでしょう。

その形状から「ボートテール」と呼ばれる特徴的なリアデザイン。ブガッティやアルビスでもおなじみのこのテール形状はレーシングカーとスポーツカーの境界線がまだ曖昧だった時代のスポーツカーの象徴的デザインではないでしょうか。


▲1951年型MG-TDミジェット

北米では既に1950年代に入るとフェンダーとボディが一体化した「フラッシュサイド」と呼ばれるデザインの新型に移行していったのですが、戦禍の傷跡の残る欧州では戦前型のデザインのまま継続生産され、特に小型スポーツカーには1960年代に入るまで戦前型のデザインの影響が色濃く残っていました。


▲ボンネットマスコット


▲クロノグラフを思わせるメーター類

無骨な中に工芸品のようなディテールがちりばめられている……これこそがクラシックカーの魅力とでもいうべきものでしょうか。


▲1955年型VWビートルタイプ1。いわゆる「ビートル」「かぶと虫」「ケーファー」の「ヴィンテージ」と呼ばれる世代のモデルです


▲リアウィンドーの形状から「オーバルウィンドー」と呼ばれている物で、オーナーの説明書きによると北米仕様でエンジンも6V仕様のままだそうです

VWの来歴については、ヒトラーによる思惑や戦後の旧西ドイツの主要輸出品目になる等は以前の記事に書きましたが、コールドスタートに強い空冷エンジンを搭載している事から寒冷地の急患の往診の足として開業医に好まれたとも言われています。

筆者の幼少期のお気に入りの絵本にポプラ社版「トマトせんせいのじどうしゃ」(1976年初版ですが現在でも断続的に再版されているようで、版元のサイト上は重版未定の在庫なしですが、流通在庫はあるようです。)という田舎の開業医の「トマトせんせい」の愛車の黄色いフォルクスワーゲンの活躍を描いた絵本があるのですが、大人になって開業医がフォルクスワーゲンを好んだ理由を知った時に、「トマトせんせい」の絵本の作者の鶴見正夫氏の造詣の深さに感銘しました。


▲こちらは1975年型タイプ1 1303S

筆者の世代的には「鉄道線路」という異名を持つ角ばったバンパーの最終型の方が馴染みがあります。最近ではウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の数少ない個人資産が友人から貰った水色のフォルクスワーゲンだったというニュースは記憶に新しいかと思います。


▲この個体は右ハンドルのヤナセの正規輸入車のようで、よく見るとコンプレッサーが付いているので純正オプションか後付けかは不明ですがクーラーユニットが搭載されているようです


▲リアウィンドーにあるこのステッカー、昔、筆者の近所のヤナセのショールームの看板にもありました。このマークが何を意味するかは外国語のわからない子供の頃の筆者に容易に想像がつきました


▲何気なく撮った1959年モーリス・ミニ・マイナー。やはりミニにはこういう光景が似合います


▲この翌週のノリタケの森クラシックカーフェスティバルの主催の小田さんの1969年シトロエンDS21。言わずと知れた油圧ハイドロニューマチックによる制御で当時20年進んだクルマとまで評価されたと言われています


▲古いシトロエンといえばこの1本スポークのステアリングホイールは一度見たら忘れられないインパクトがあります

DSは時のフランス大統領シャルル・ド・ゴール大統領にも愛用され、1962年8月22日にプティ=クラマールでのド・ゴール大統領暗殺未遂の際、武装集団に銃撃され後輪の片方が被弾しパンクした状態でも油圧ハイドロによる姿勢制御で3輪だけで緊急走行し武装集団から逃げ切ったという逸話があり、フランスでは「ド・ゴール」という愛称を持つそうです。

余談ですが、筆者の愛車スバル360の開発者、百瀬晋六氏にとっては富士重工の研究サンプルに購入したDSが大のお気に入りで、百瀬氏にとってDSこそ百瀬氏の理想を具現化した存在であり、スバル360にDSと同様の油圧制御のサスペンションの採用を検討したという話も残っています。


▲W114型メルセデスベンツ280。筆者のお気に入りの所謂「縦目ベンツ」まさしく筆者の望む「最善か無か」が目の前にありました


▲筆者が縦目好きであることをオーナーに告げるとなんとご厚意で「夢のシート」に座らせてもらえました

このホーンのソフトパッドや柔軟性のある素材で作られたノブ等は、衝突時に乗員の負傷を防ぐための配慮であり、こういった車内の突起物は柔軟な材質を使用し、鋭利な形状にしないという設計思想は1970年代以降、世界中の自動車メーカーのデファクトスタンダードとなります。


▲ウェスタン自動車(ヤナセの子会社のインポーター)の日本仕様メルセデスベンツ純正オートチューニング式カーラジオ


▲松下通信工業(現パナソニックモバイルコミュニケーションズ)の説明書と保証書!このメルセデスが新車当時から日本に棲んでいたという証でもあります

オーナー曰く「『消耗部品を定期交換さえすれば』全く手がかからない、頑丈で故障知らずで普通に乗れる良いクルマですよ」(重ねて申し上げますが、クラシックカーオーナーのいう頑丈で故障しないを真に受けてはいけません。)との事。交換する部品は決まっていて入手も容易。(実はもう既に筆者は独自の部品入手ルートを持つメルセデス専門店と懇意にしています)Sクラスと違って価格もリーズナブル、むしろ暴騰してる国産クラシックカーよりも安いくらいです。ただし、クラシックカーの価格高騰といつまでも無縁でいられるわけでも無いようで、近い将来買える値段で無くなってしまうのは必至、全く悩ましい話です。(苦笑)


▲1969年型ボルボP1800クーペ

今でこそスタイリッシュになりましたが、かつての「フライングブリック」と呼ばれた、無骨な箱ボディからは想像が付かないかもしれませんが、ボルボは無骨で頑丈なセダンを作っていた一方でこんな流麗なクーペも作っていました。この見た目のとおりデザインはイタリアのピエトロ・フルアのカロッツェリアによるものです。


▲浜松5のナンバープレートが示す通りどうやらこの車両も新車当時から正規輸入で入ってきたのでしょう

ちなみに当時のボルボのインポーターはヤナセ全額出資の「北欧自動車」で後に帝人の子会社「帝人ボルボ」に移った後、現在の「ボルボジャパン」となります。

あわせて読みたい記事

この記事が気に入ったらカレントライフに「いいね!」しよう

最新情報はFacebookページでチェック

この記事の筆者:鈴木 修一郎

愛知県名古屋市在住。幼少期より自動車が好きで、物心着く前から関心の対象はニューモデルよりもクラシ...