最高速300キロは真実か?ランボルギーニ カウンタックこそキング・オブ・スーパーカー

最終更新日: 公開日:2015-03-03 | Posted in コラム by

いまも昔も、スーパーカーといえば『ランボルギーニ カウンタック』の存在は欠かすことはできません。デビューから20年、スーパーカーの頂点に君臨したランボルギーニ カウンタック。今回は、最新のランボルギーニと比較しても遜色ない魅力に溢れたこのモデルにスポットを当ててみたいと思います。

スーパーカー少年の夢と憧れ「ランボルギーニ カウンタック」

1970年代半ば、日本は漫画「サーキットの狼」に端を発する空前のスーパーカーブームでした。少年達はカメラ片手に、ショールーム、日本各地で開催されていたスーパーカーショー、そして街へと繰り出し、憧れのスーパーカーを追いかける光景があちこちで見られました。子供達のあいだでももっとも人気があったのが「ランボルギーニ カウンタック」でした。通常のクルマとは一線を画すワイド&ローなフォルム、ドアが前方に跳ね上がる「スイングアップドア(一般的にはガルウィングの方が浸透)」は、多くのスーパーカー少年の心を鷲掴みにしました。当時は熱狂的なファンが、スーパーカーを見掛けるとカメラ片手に夢中で通りに飛び出し、あわや…という光景も珍しくなったのです。

そのカウンタックは、1971年3月に開催されたスイス・ジュネーブショーにて5リッターV12エンジンを積んだ、プロトタイプモデルの「LP500」が発表されます。デザインを手掛けたのは、若くしてベルトーネ社のチーフスタイリストを務めた、マルチェロ・ガンディー二。後のディアブロも彼の作品なのです。同時に発表されたランボルギーニ ミウラの最終バージョンであるSVとともに、ランボルギーニブースを華やかに彩ったのです。

ランボルギーニ カウンタックのモデル変遷

市販型のカウンタックである「LP400」は、1974年3月に開催されたジュネーブショーにおいて発表されました。ミウラに積まれていた4リッターV12エンジンが流用されたために、車名も変更されることとなりました。後のモデルに装着されるウィングやエアロパーツを纏っていないLP400は、150台が生産されました。その後、LP400をベースに生産されたワンオフモデルである「ウォルター ウルフ カウンタック」を基に、極太のタイヤとそれを収めるオーバーフェンダー、リヤウィングを装着したLP400Sへと進化を遂げました。

その後、LP500S、5000QV(クワトロバルボーレ)、25thアニバーサリーへと進化を遂げていきます。それに伴い、車重や排気量、最高出力などがアップしていき、最終進化版となった25thアニバーサリーでは、車重はLP400に比べて700キロ近く重くなり、排気量が1.2Lアップし、最高出力は80psほど増強されています(排気量および最高出力は、5000QVと25thアニバーサリーのカタログ上の数値は同一)。

歴代ランボルギーニ カウンタックの生産台数は約2000台

ランボルギーニ カウンタック歴代の生産台数は約2000台といわれています。その内訳は、LP400が150台、LP400Sが237台、LP500Sが323台、5000QVが632台、25thアニバーサリーが675台と、いずれも限定車並みの生産台数です。さらに、ウォルター ウルフ カウンタックやLP500Rなどのスペシャルモデルが存在します。また日本にも、別な意味でレアな英国仕様の右ハンドルモデルが輸入されています。

そして1990年7月4日、シルバーメタリックにペイントされた25thアニバーサリーがラインオフされた瞬間、ランボルギーニ カウンタックの歴史に幕が降ろされました。このラスト・カウンタックは、デザインを手掛けたマルチェロ・ガンディー二に贈られる予定でしたが、本人がこれを拒否したため、ムゼオ・ランボルギーニに収蔵されたという逸話が残っています。

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この記事の筆者:江上 透

カレントライフの副編集長。輸入車関連のセールスプロモーション、ウェブサイト、紙媒体、ラジオ番組の...